THE MIRACLES 1980-2010 奇跡の演出者たちBACK NUMBER

<THE MIRACLES 1984.8.21>木内マジック、見参!~史上最強PL軍団を破ったのびのび野球~ 

text by

熊崎敬

熊崎敬Takashi Kumazaki

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photograph byNIKKAN SPORTS

posted2010/04/08 11:30

<THE MIRACLES 1984.8.21>木内マジック、見参!~史上最強PL軍団を破ったのびのび野球~<Number Web> photograph by NIKKAN SPORTS

桑田、清原を擁し、夏連覇を狙うPL学園を決勝で破った取手二高。公立高を優勝させた木内監督の手腕はマジックと称えられている

 4対3で迎えた9回裏、マスクをかぶる取手二の中島彰一は、なかば勝ったような気になっていた。

「あと3人抑えれば勝ち、もう勝ったわ。先頭バッター抑えりゃ勝ちだろう」

 茨城県勢初となる深紅の大優勝旗がちらつき、中島は冷静さを失った。当たっていない1番清水哲を迎え、勝負を急いでしまう。安易にカウントを取りにいった甘い外角の真っ直ぐを、清水はレフトスタンドにたたき込んだ。土壇場で追いつかれた取手二のバッテリーは浮き足立った。エースの石田文樹は続く松本康宏に死球を与えてしまう。

「このランナーが還ったら……」

 サヨナラ負けが頭をよぎり、中島は青ざめた。そのとき、監督の木内幸男から伝令がとんだ。石田に代わって柏葉勝己。ピッチャー交代が告げられる。泣きそうな顔でライトへ走っていく石田を見て、中島は思った。

「あいつ、もう終わっちゃったな……」

 ミスを犯した選手を容赦なく代えてきた木内が、大事な場面で石田を下げる。エース失格を宣告されたも同然だった。

 9回裏、無死一塁。甲子園を埋め尽くした大観衆はPLの連覇を予想し、柏葉と3番鈴木英之の勝負に目を凝らした。

 だが木内だけは違うところを見ていた。

練習試合でPL学園高に0対13の惨敗を喫していた取手二高。

 じつはこの対戦の2カ月前、取手二とPLは練習試合をしている。水戸市民球場で行われた招待試合で、桑田真澄、清原和博のKKコンビを擁するPLに取手二は手も足も出ず、0対13と惨敗する。

 わずか1安打に抑えられ、力の差を見せつけられた取手二の面々に、顔なじみの記者がやって来て追い打ちをかけた。

「桑田が言ってたよ、これが茨城県一のチームですかって。2年生に、こんなこと言わせておいていいんか」

 中島は怒りが込み上げてきた。

 だが、この惨敗も木内の筋書きどおりと言ったら言い過ぎだろうか。

 じつはこのときの取手二は、試合どころの騒ぎではなかったのだ。

 春の関東大会1回戦で法政二に接戦のすえ敗れた3年生に、木内は試合後、1週間の休養を与えた。野球から解放された部員たちは、束の間のオフを満喫する。

 休みが明けて練習に復帰すると、なぜか木内が怒っていた。

「休んでいいと言ったのはレギュラーの3年生だけだ。補欠に休めと言った憶えはない。補欠は辞めろ、辞めちまえ」

3年生部員が木内監督に逆らって練習をボイコット!

 3年生たちは反発した。当然だ。下級生のころから苦楽をともにし、春の選抜にも一緒に出場した仲間が、どうして理由もなく切られなければいけないのか。3年生部員は木内に反旗を翻し、練習をボイコットした。だが、当初はまとまっていた3年生の間に、練習不参加が続くと不協和音が立ち始めた。1週間あまり、侃々諤々の議論が続いた。

「俺は辞める。お前も辞めるだろうな」

「いや、ちょっと待ってくれよ」

「なんだよ、おまえだけ残んのかよ」

【次ページ】 3年生を揉めさせて、練習試合で惨敗させるという戦略。

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