Jリーグ観察記BACK NUMBER
揺らいだコンセプト。
~大宮アルディージャの苦闘~
text by
木崎伸也Shinya Kizaki
photograph byMasahiro Ura
posted2009/06/22 06:00
光明が見えない大宮。このままだと降格争いに加わりかねない
まるで相手を好調の波に乗せるために来た、スパーリング・パートナーのようだった。
6月のナビスコカップ2試合で、大宮アルディージャは横浜F・マリノスに1対3で、浦和レッズに2対6で惨敗した。大宮戦は相手チームにとって『成功体験』の連続で、ゴールを決めた狩野健太、高原直泰、原口元気らは、改めて自信を深めることができただろう。
身の丈に合っていない高等な守備戦術をとる愚かさ。
一見すると、大宮の守備はとてもコンパクトだ。DFラインからFWまでの距離は短く、張外龍監督の努力のあとがうかがえる。
しかし、見かけ上コンパクトなだけであって、ゾーンディフェンスという高等戦術をやれるほどには、まだ組織が熟成されていない。オランダの戦術の教科書には、「相手がゾーンディフェンスのときは、ラインとラインの間を狙うのが鉄則」と書かれている。そのセオリーどおり、横浜と浦和がDFとボランチの間を狙うと、大宮の守備はいとも簡単に崩れさった。張監督は「マークの受け渡しをしっかりしろ」と声を張り上げたが、試合中に修正できるほどゾーンディフェンスのメカニズムは単純ではない。
張監督の「迷い」が大宮のオフェンスを崩壊させた。
ただ、現在の大宮の致命的な問題点は、守備ではなく、攻撃にこそある。張監督は、シーズン中にコンセプトを変更するという致命的なミスを犯した。
今季、大宮は開幕からJリーグの5試合で、2勝3分という素晴らしいスタートを切った。前線からの積極的なプレスと、縦に速いサッカーで勝ち点を重ねた。しかし、6節から歯車が狂い始める。相手に先制されたときに挽回できず、6節から4連敗。その後も1勝しかできず、13節時点で15位にまで順位を落とした。
おそらく張監督は、自分のやり方に迷いが生じたのだろう。合宿から取り組んで来た『縦に速いサッカー』に加え、この低迷中、『パスをつなぐサッカー』をミックスすることを試みた。
好意的に見れば、速い攻めを維持したうえで、つなぐサッカーも志向し、両者の折り合いをつけるということなのだろう。U-20日本代表のMF新井涼平は「コンセプトの変更ではなく、オプションを増やそうということなのだと思います」と理解を示そうとしている。だが、土台がしっかりしていないうちに、何かを積み上げても、すぐに壊れるのが落ちだ。「二兎を追う者は、一兎をも得ず」である。
張監督はなぜ泥沼にはまってしまったのか?
日本人として初めてオランダサッカー協会の1級ライセンスを取得した林雅人氏に、講習の内容を取材したことがある。初回の講義のテーマは、「監督はどうやって戦術を決めるべきか」だったそうだ。そこで担当教官が最も強調していたのが、次のことだった。
「戦術に正解はない。どんな戦術を採用しようが、試合に勝つことができる。だが逆に、自分の採用した戦術を、武器と言えるくらいに磨き上げなければ、試合に勝つことはできない」
特徴のない戦術は弱い──厳しくいえば、そういうことだ。
大宮の張監督は、あれこれ悩むうちに、本来こだわるべき自分たちの長所を見失ってしまったのではないか。だからシーズン中にコンセプトが揺らいでしまった。泥沼にはまるのも当然だ。
どん底に落ちたのは張監督だけの責任ではない。
ただ、もしかしたら、これは監督だけの責任ではないのかもしれない。シーズン中にもかかわらず、6月1日キャプテンの小林慶行が柏にレンタル移籍した。レギュラーでなかったとはいえ、明らかな戦力ダウンだ。強化部の方針も、ブレているように見える。
このまま行けば監督解任が濃厚だが、クラブのコンセプトがどうあるべきかを考えなければ、いつまでも同じ過ちを繰り返すだろう。