プレミアリーグの時間BACK NUMBER
「落伍者」転じて「ビッグ4」。
英国民が渇望するアーセナル優勝。
text by
山中忍Shinobu Yamanaka
photograph byGetty Images/AFLO
posted2009/08/25 11:30
開幕戦のエバートン戦でゴールを決めてファンペルシ(右)から祝福されるセスク。この日は2得点の大活躍だった
たかが1勝されど“大勝”、である。
8月15日のプレミアシップ開幕戦で、6-1とエバートンを撃破したアーセナルは、わずか1試合でシーズン前の「トップ4の落伍者」という評判から「優勝争いの一角」へと変化を遂げた。試合後、賞賛する記者たちを前にシニカルな笑みを浮かべたアーセン・ベンゲル監督はこう語った。「我々は優勝争いの超有力候補に躍り出た」。
5点の大差は、プレミアの開幕戦では史上最高記録タイ。敗れたエバートンにとっては、131年にも及ぶクラブの歴史の中で最悪の黒星発進となった。しかもアーセナルにとって、エバートンといえばフィジカルとハードワークで堅い守備を誇る苦手なタイプの代表格だ。下馬評では4位争いのメイン・ライバルとも目されていた。そのエバートンを相手に、シーズンの最初に過去最高のスコアを出したのだからインパクトは絶大だった。チームの戦力に懐疑的だった一部のサポーターが、再び“Arsene Knows(全知のベンゲルを信じる)”と胸を張って口にするようになり、タイトルの行方をマンU、チェルシー、リバプールの3強に限定していた識者たちは、再び“ビッグ4”という言葉を使い始めた。
予想外の大勝にも浮き足立たないベンゲル監督。
ただし、初戦の結果は必ずしもシーズンの成行きを予告するものではない。昨シーズンにも、開幕戦の快勝で「優勝間違いなし」と言われたチェルシーが、その半年後には監督を解雇し、一時期は5位転落の危機さえあった。アーセナルの指揮官もそのようなことは先刻承知で、冒頭のコメントを「チームの出来としては良かったが改善の余地はある」という謙虚な発言でフォローしている。チームの核であるセスク・ファブレガスも同様。自らも2得点だった22歳の司令塔は、“Fabulous(驚異的だ)!”、“Fantastic(素晴らしい)!”と感嘆の言葉を投げかけて煽る報道陣に、「リーグ戦38節のうち1節を消化しただけさ」と真顔で冷静に対処していた。
大勝の要因が、自軍の出来以上に相手の不出来にあったことも事実だ。エバートンは全く守れなかった。守っていなかったと言ってもよい。69分、自陣内から独走したセスクが、1度も敵に体を寄せられることなくゴールを決めたと言えば、いかにエバートンがエバートンらしくなかったかが分かるだろう。
手のひら返しの反応はアーセナル優勝への思望か。
それでも、アーセナルの株は一気に上った。国内各紙は、開幕でいきなり躓いたリバプール(トットナムに1-2の敗戦)とは対照的にアーセナルを誉めそやした。例えば、唯一の新戦力であるCBのトマス・ベルメーレンは、33分のCKで競り負けて危うく同点ゴールを許しそうになったのだが、その4分後にヘディングで追加点をもたらしたことで、早速「1千万ポンド(約15億円)は安い」と言われている。国内のブックメイカーも、一様にアーセナル優勝の倍率を3番手のリバプールと大差のない6倍程度に下げている。エマニュエル・アデバヨールの後釜としてのセンターFWと純粋なボランチの不在は大量得点で目隠しされてしまった。
たった1試合で手のひらを返したような反応を見ていると、世間の人々は秘かにアーセナルの優勝を願っているのではないだろうか、と思ってしまう。 アーセナルは、栄光と悲劇の歴史を持つリバプールに代わって、「全英国民の第2のご贔屓チーム」となったような感がある。