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モーグルの新女王・上村愛子 「人は出会いで強くなれる」 ~特集:バンクーバーに挑む~
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byShino Seki
posted2009/12/03 10:30
初のW杯総合優勝、初の世界選手権制覇。“雪の女王”として迎える4度目の五輪は、強い気持ちでメダルを狙う。
人はこんなにも変われるのか。
何年か前、上村愛子と、「人は変われるのか、変われないのか」といった話をしたことがある。オリンピックで力を出し切れずに終わったという後悔をかかえ、国際大会でもなかなか結果を残せずに試行錯誤していた頃のことだ。上村の、「自分は(気持ちが)弱い」、だから「克服したい」という言葉から、そんな話になった。
あれから月日がたち、上村は今、モーグル界の女王として君臨している。
「恐怖心との戦い」を制し、攻撃的な滑りを身に付けた。
今年3月には、福島県猪苗代で行なわれたフリースタイル世界選手権でモーグル、デュアルモーグルの両種目で優勝を果たし、2冠に輝いた。
成績もさることながら、内容が見事だった。猪苗代のコースは傾斜が急なこともあって、世界でも屈指の難コースといわれる。それに輪をかけて、難しい条件のもとでの試合となった。モーグルの予選を前に、朝方まで急速に冷え込んだことで雪が硬くなり、前日の公式練習までとはコースコンディションが大きく変わっていたのだ。
事実、試合が始まると、午前中の予選はミスする選手が続出し、コースアウトする選手も少なくなかった。無事に滑り終えた選手のほとんども、スキー板を横にずらしてスピードを抑え、安全運転をしているかのような滑りしかできずにいた。
その中でただ一人、上村は果敢に攻撃的な滑りをみせたのである。難コースでの試合、ましてや日本での開催である。「地元で優勝を」という周囲の期待から、過度の緊張を感じてもおかしくはない。事実、上村は、
「恐怖心との戦いでしたね」
と大会を振り返る。
「地元だから緊張するというのはもちろんありましたけど、それ以上にコースに負けないように、というところでの緊張感が高かった。だから、コブが硬いから板を横にしちゃおうかな、という気持ちを絶対起こさないようにしよう、絶対そこで負けちゃいけないんだと思っていました」
緊張と恐怖心を克服し、自らの力を出し切ったことが、2冠という結果につながったのである。