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「落合博満を引退させた」と言われて…死球は“わざと”だったのか? 本人明かす真相…8年後、その落合が中日監督就任「トレード通告いつ来るかな」
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岡野誠Makoto Okano
photograph byJIJI PRESS
posted2025/01/30 11:03

落合博満の中日監督時代にプレーした野口茂樹
野口茂樹 65勝 2ケタ勝利3回 規定投球回到達5 投手タイトル3回
山本昌 54勝 2ケタ勝利2回 規定投球回到達5 投手タイトル0回
川上憲伸 46勝 2ケタ勝利2回 規定投球回到達4 投手タイトル0回
野口が群を抜いてトップなのだ。直近3年間(01年~03年)に絞っても、山本昌26勝、野口23勝、川上22勝と2人と遜色ない成績を挙げている。
「周りはいろいろ気を遣って、声を掛けてくれました。でも、その後もチャンスをもらいながら、結果を出せなかった。全て自分が悪いんです」
二軍落ち…優勝祝勝会も呼ばれず
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2試合の中継ぎを経て、先発に復帰するも6月5日の広島戦で3回途中KO。すると、今度は二軍落ちの通告が待っていた。20日の復帰戦で横浜をシャットアウトするも、再び迷路に入り、8月7日の広島戦では1アウトしか取れずに降板。試合中に名古屋へ強制送還された。落合監督は〈帰したよ。抹消するよ。本人が何を考えて練習するかだな〉(※5)と語った。
「二軍落ちはいつもマネージャーか、森(繁和)さんに伝えられていました。星野さんの時も投手コーチから聞きましたが、監督室に呼ばれて『走り込んでおけ』などの指示はありました。若手でしたからね。落合さんの時はベテランになってますから、大人扱いをしてくれたんだと思います」
2週間後の復帰戦でも4回途中7失点KOを喰らい、再び登録抹消に。チームが首位を走る中、野口は1人蚊帳の外だった。アテネ五輪で4番の福留孝介、抑えの岩瀬仁紀が抜けても、中日の勢いは衰えず、5年ぶりのリーグ制覇を果たす。祝勝会では落合監督に歓喜の泡を浴びせたのか。