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[エースと扇の要が見た素顔]斎藤雅樹×村田真一「長嶋さんは太陽だった」
posted2025/01/17 09:00
text by
赤坂英一Eiichi Akasaka
photograph by
Miki Fukano
'90年代プロ野球は“ミスター”抜きには語れない。Jリーグ開幕で、野球人気低下の不安が蔓延した'93年シーズンに監督復帰すると、話題と実績両面で球界を盛り上げた。その実像に迫るレジェンド対談。
――オフのジャイアンツ・ファンフェスタ(2024年11月30日)は球団創設90周年記念で、村田さん、斎藤さんたち大勢のOBとともに、久々に長嶋茂雄終身名誉監督が東京ドームに来場されましたね。
斎藤 ちょうど僕がマキさん(槙原寛己)と一緒にいる時、長嶋さんがグラウンドに来られたのでご挨拶しました。10月にも長嶋さんとすれ違い程度に会う機会があって、グータッチしてるんです。
村田 俺は東京ドームでグータッチしたよ。話はできなかったけどね。長嶋さんは「おお、おお」って感じ。心配よ、そら。年齢的に何があってもおかしくないから。健康で長生きして頂きたいと願ってます。
――おふたりが主力として活躍した長嶋監督時代には様々な伝説が残っています。1994年のセ・リーグ優勝を決めた中日との同率首位決戦「10.8」の前、長嶋さんがミーティングで「勝つ、勝つ、勝つ!」と3回叫んだとか。いや、10回とか1回だけだったとか、いまだにいろいろな説がありますが、実際は何回だったんでしょう?
村田 それ、よく聞かれるんやけど、俺は全然覚えてないのよ。もうすぐ試合やから、捕手はいろいろ考え事してるやん。「勝つ」を何回言ったかって、斎藤、覚えてる?