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大阪桐蔭“黄金世代”で春夏連覇のライトが商社マンに異例の転身…「TOEICが730点ないと出張に行けなくて…」24歳“青地スマイル”の意外な「その後」
posted2024/12/31 11:02
text by
沢井史Fumi Sawai
photograph by
(L)本人提供、(R)AFLO
かつて純白の練習着に身を包み、屈託のない笑顔を見せる大阪桐蔭の“最強世代”戦士だった青地斗舞は、白いシャツに紺のジャケット姿が“制服”となり、ビジネス戦線の先端を目指し奮闘の日々を送っている。
「最初はいっぱいいっぱいで……2年目の今も、まだいっぱいいっぱいですけど(苦笑)」
大阪桐蔭「最強世代」から総合商社マンに
その笑顔は、“あの頃”と変わっていない。昨春、総合商社の丸紅に入社し、社会人2年目もいよいよ後期にさしかかった2024年暮れ。現在の自分について尋ねると、表情を少し引き締めながらこう明かす。
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「入社して半年経って、話している内容は徐々に理解できるようになりました。でも、まだまだ自分が伝えたい事を的確に伝える能力が欠けているので、日々英会話などに自分で通ってキャッチアップに勤めています。今、自分はトレード業務に携わっているんですけど、トレード業務は1カ月でひとつのサイクルがあるんです。それを何カ月か経験することで、流れが少しずつ分かってくるんですけど、慣れてきたらまた次の段階に上がっていくので、それはそれで落ち着かないところはあります」
実は青地は、就職にあたり同志社大3年時の暮れから「あの頃の知識は中学1年生レベルだった」という英語の猛勉強を本格的に開始していた。まずはTOEICのスコアで730点を目指して、入社後も勉強を続けていたのだ。
「とりあえず会社の規定で730点以上を取らないと、海外出張に行けないんです。入社1年目はそれほど社内業務が多くなかったので、退社後に自宅でやっていました」
定時に仕事が終わっても、新人ということで会食に誘われる機会も多かった。そんな中で意識したのは、お酒を飲んでも家に帰ったら絶対に1~2時間は勉強することだった。