進取の将棋BACK NUMBER
「藤井将棋には凡局がない」八冠でも勝率.830でもなく…藤井聡太プロ8年“最大の才能”「ライバルの成長と物語もです」A級棋士・中村太地が語る
text by
中村太地Taichi Nakamura
photograph byNanae Suzuki
posted2024/12/29 06:05
将棋界の第一人者となった藤井聡太七冠。同学年の22歳・伊藤匠叡王らと今後繰り広げる盤上の物語に刮目したい
しかし最近は色々な棋士とコミュニケーションを取ったり、盤外でもフランクな笑顔を見せる機会が増えるようになったのは、前述のオールスターでも感じるところでした。タイトルホルダーになってからパーソナリティが変化し始めたのは、ご自身の中にも思うところがあるのでしょう。
永瀬九段のインタビューに棋士として感じたこと
第2回から藤井七冠が相まみえた永瀬拓矢九段や佐々木勇気八段、伊藤叡王の対局などを取り上げてきました。その中で2024年に話題となったのが、永瀬九段が大川慎太郎記者に「藤井将棋と戦うことの覚悟」について語った記事でした。私も拝読しまして、藤井七冠が何を考えているのかを誰よりも理解して、いい将棋を指したい……全ての行動原理がそこにある状況なのだろうと感銘を受けました。永瀬九段としても、インタビューを受けて赤裸々に心境を話すことで、自らの将棋をいい方向に進めたいと考えたのかもしれません。
もし今回の王座戦をゴールだと捉えたとしたら、そこで終わってしまう。しかし棋士人生という勝負、そして生活が続いていくわけです。次に向けての準備――きっと永瀬九段ならば、王座戦が終わった翌日……いや、もしかしたら当日から動き出していたのでしょう。その一生懸命さがあるからこそ、年明けに開幕する王将戦の挑戦権も掴み取れたのだと思います。長期視点で、常に試行錯誤しながらいろいろなことにチャレンジして向かっていく。それが棋士として、自分の精神衛生を保つうえでも大事なことなのかなと感じます。
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私自身、そういった経験があります。タイトル初挑戦の棋聖戦で羽生善治先生相手に3連敗のストレート負けを喫して、翌年の王座戦では2勝2敗としながらあと1歩で再び羽生先生の軍門に下った。〈もうおしまいなのか……〉と思いそうになりましたけど、4年後の王座戦で羽生先生とのリベンジマッチの舞台までたどり着き、王座を手にすることができました。自分が真摯に日々を向き合えば、物語は続いていく。それこそが棋士生活というものでは、と考えるようになりました。
八冠、勝率.830、最年少記録の偉業…その上で
物語性を持つのは、永瀬九段や私だけではありません。たとえば竜王戦でタイトル戦に初挑戦した佐々木八段もそうです。