巨人軍と落合博満の3年間BACK NUMBER

「失礼な話だよ」落合博満42歳が巨人フロントにキレた「落合はおしゃべりが過ぎた」ナベツネは猛反撃…落合が拒否した巨人“残留オファー案”

posted2024/06/09 11:02

 
「失礼な話だよ」落合博満42歳が巨人フロントにキレた「落合はおしゃべりが過ぎた」ナベツネは猛反撃…落合が拒否した巨人“残留オファー案”<Number Web> photograph by KYODO

1996年11月14日、「失礼な話だ」巨人の対応について怒った落合博満(当時42歳)。世田谷区の自宅前で

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中溝康隆

中溝康隆Yasutaka Nakamizo

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40歳での鮮烈なFA宣言、巨人へ電撃移籍した落合博満……1993年12月のことだった。
あれから30年。巨人にとって落合博満がいた3年間とは何だったのか? 連載最終回・第21回(前編・中編・後編)、ついに42歳落合博満が巨人をやめる日がくる。「落合解雇」か「落合残留」か……退団までの1カ月間は巨人フロントとの戦いの毎日だった。【連載最終回の中編/前編後編も公開中】

◆◆◆

落合博満がキレた「失礼な話だ」

「フロントの発言を知って、特別に大きな驚きとかショックというのはなかった。ついにきたか、という感じ。こいつら、馬鹿だな、何の権限があってやっているのかなって。でも、俺はすぐに腹をくくったんだよ。いくら渡邉社長と長嶋監督が俺を必要としてくれていても、契約交渉の当事者であるフロントがそこまで俺を外したいと思っていて、こういうふうに問題が表面化したからには、もうジャイアンツと契約することはないだろうと」(不敗人生 43歳からの挑戦/落合博満・鈴木洋史/小学館)

 実際、落合はオーバーホール中の吉奈温泉で巨人の同僚選手たちに「今まで世話になったな」と別れの挨拶をしていたという。だが、14日夕方に報道陣に向かってぶちまけたオレ流の「失礼な話だ」という怒りのコメントに、巨人フロント陣は焦る。同日深夜、すでに午後11時を回った都内ホテルの玄関脇で、深谷代表が「契約は“白紙”と言ったが、“解雇”とは言ってない」と苦しい弁明とともに「落合残留」を発表した。

「阪神はタテジマをヨコジマに変えてでも…」

 しかし、打撃コーチ兼任の年俸4億500万円の現状維持での残留案が報じられるも、落合は「飼い殺しにされるのはご免だ」と怒りはおさまらなかった。この混乱の渦中、11月15日には清原が阪神との初交渉を迎える。2年連続の最下位に沈むチームを改革するために、どうしても柱になるスター選手が欲しかった吉田義男監督は、交渉解禁日の朝に清原の自宅へ電話を入れていた。のちに明らかになるが、このときの阪神は総額30億円越えの10年契約に加え、将来の監督就任を含めた終身雇用という前代未聞の大型契約を提示したのである。巨人とは比べ物にならない熱量と好条件に、交渉後の清原の表情も明るかった。

「吉田監督から“阪神はタテジマのユニフォームをヨコジマに変えるくらいの気持ちだ”と言っていただいて……。部屋が暑かったせいもありますけど、十分すぎる熱意で汗が出てくるような状態でした」(週刊ベースボール1996年12月2日号)

【次ページ】 落合「(清原は)阪神に行っちゃうぞ」

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