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長谷部誠40歳「感極まった」子供と涙のハグ、「妻・佐藤ありささんも気品ある振る舞いで…」記者が見た引退試合と“指導者宣言”の儀式とは
text by
ミムラユウスケYusuke Mimura
photograph byTakuya Sugiyama
posted2024/05/26 06:03
日本での引退会見に臨んだ長谷部誠。後ろにはドイツ語で「ありがとう、マコト!」と刻まれていた
長谷部は2人を抱き寄せたあと、彼らの胸に顔をうずめた。涙をなるべく見せないように。公の場で涙を見せたのは、2014年ブラジルW杯のグループステージ最終戦後くらいだろうか。
「だいぶ時間をかけて準備できていたので、今日に近づくにつれて感情的になるようなことは特になかったですけど、子供たちが駆け寄ってきたときには、さすがに感極まってしまいました」
サッカーへのリスペクトを感じた“気品ある振る舞い”
ただ、その近くでもう一つ、美しい光景があった。
このような機会で、子ども以外の家族がピッチに入ることはよくある。日本では選手以外がピッチに入るべきではない風潮が強いが、ドイツではそこまでの感覚はない。ましてシーズン最終戦だ。芝生が傷んだとして問題はない。とがめる者は誰もいなかったはずだ。
このときサイドラインの外には、最愛の妻、佐藤ありささんの姿があった。フランクフルトのチームカラーである黒色をリスペクトしていたのだろう。上下とも黒のセットアップだった。
彼女は子どもたちを連れ、ピッチにさしかかるギリギリのところまで来ていたが、決してピッチに足を踏み入れようとはしなかった。その後に行なわれたセレモニーの前後で、子どもたちが自らの手を離れてピッチに再び走り出しても、そのラインは絶対にまたがなかった。
サッカーと真摯に向き合い、サッカーにかかわる人たちをリスペクトしてきたのが長谷部である。そんな彼と同じように、スタジアムやフランクフルトの選手たちに敬意を払う。彼らが生涯のパートナーとなるのは必然だったと象徴するような、気品の感じられる振る舞いだった。
子どもたちと抱き合った長谷部はもちろん、彼女のもとに歩み寄り、ハグをかわした。色々な想いの込められた、美しい光景だった――。
「妻にはとても大きな負担をかけたなと。サッカーを軸に生きる自分に、かなり振り回されたと思います。自分と一緒になることで、ずっとやってきた大好きな仕事を犠牲にしなければいけないこともあったと思うので。これからは彼女の夢、好きなことをもっとサポートしていきたいです。家を空けることも多かったので、家族との時間を大切にしていきたいなと思います」
5月24日、日本に帰ってから行なわれた引退記者会見で、長谷部はそう語った。
現役最後の試合から少し時間が経っていた。
長谷部にもう一度、尋ねてみることにした
だからこそ、彼にはもう一度、尋ねてみることにした。