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大相撲PRESSBACK NUMBER
「3発で土俵下まで吹っ飛ばされ…」急逝・曙とデビュー戦で対決…同期力士が振り返る“驚愕の一撃”「バケモノでした。こんな奴がおるんかと」
text by
欠端大林Hiroki Kakehata
photograph byJIJI PRESS
posted2024/05/12 17:00
18歳の新弟子検査時の曙(左)と横綱になってからの姿。若貴兄弟に加えて曙、魁皇と昭和63年春場所初土俵組は黄金世代だった
「いま思えばとんでもない見当違いでしたが、当時は軽く勝てると思っていました。新聞で“小錦の再来”などと騒がれているのは知っていましたが、いくらデカくても基礎がなければ勝てないのが相撲。こっちは中学時代から押尾川部屋で稽古を重ね、すでに序二段の力士にも勝てるようになっていましたから『素人外人に負けるはずがないやろう』と……」
ところが、実際に土俵に上がってみると、身長2メートル4センチの「素人」は想像以上にデカい。立合い、頭から低く当たった古市氏だったが、1発目の「バーン」で上体が浮き棒立ちに。2発目で土俵際、3発目で土俵下に吹っ飛ばされた。
「バケモノでしたね。こんな奴がおるんかと」
序二段で2度目の対戦も…「もろ手1発で土俵下まで」
衝撃的な敗北を喫した古市氏だったが、その後気を取り直して6連勝。7月場所では一気に序二段96枚目まで上がったが、何とこの場所でも一番相撲で再び曙と対戦することになる。
「5月場所、曙も序ノ口で6勝1敗だったので、まったく同じ分だけ昇進した結果、また初日に当てられた。今度は3発ではなく、もろ手1発で土俵下まで持って行かれた。“こいつは間違いなく小錦以上や”と確信しましたね」
曙は初土俵からわずか2年で十両に昇進し、さらにその3年後には外国出身力士として初めて横綱となった。1993年には3連覇を飾るなど、強力な突き押しを武器に11度の優勝を記録したが、現役引退から間もなく格闘家へ転身。
2003年大晦日、ボブ・サップとのデビュー戦は『紅白歌合戦』を超える視聴率を記録した。
曙は2017年、プロレスの試合後に緊急搬送され、その後は長らく闘病生活を続けていた。時折、格闘技やプロレス界の仲間たちが見舞いに訪れていたが、記憶障害と闘い続けながらも、相撲時代の記憶は不思議とはっきりしていたという。
「六三組が相撲教習所に通っていた時代、いつなんどきでも全力の稽古で手を抜かない若貴兄弟は、あまりの激しさ、厳しさに同期から敬遠されていたほどでした。その点、外国人の曙は要領よく手を抜いていて、その憎めない人間味が魅力だった。プロ初勝利の相手として、彼は僕のことをよく覚えていてくれました。若すぎる死は残念でなりません」
一方で、逸材ぞろいだった六三組もデビューから3年後には、同期95人のうち半数近い45人が角界を去っている。これも勝負の世界の厳しい現実だった。では、いまだ古市氏の記憶に残る同期力士たちのエピソードはどんなものだったのだろうか?
<次回へつづく>