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<龍角散presents エールの力2024②>日本サッカーの至宝・小野伸二に色あせない輝きを授けたサポーターの声の力
text by
熊崎敬Takashi Kumazaki
photograph byJ.LEAGUE/ AFLO
posted2024/05/10 11:00
そんな小野さんは、鳴り物入りで浦和レッズに入団した直後、「これはいいチームに入ったかも!」とうれしくなった。
「卒業直後、レッズの一員として高校生と試合をしたとき、700人くらいかなあ、びっくりするくらい大勢のサポーターが観に来てくれたんです。もともと熱心なサポーターがついていることは知っていましたけど、想像以上でした。練習試合でこれなんだから、Jリーグになったらどんなにすごい雰囲気になるんだろうって」
予感は当たった。レッズには日本一熱いサポーターがついていて、当時のホームだった小さな駒場はゲームのたびに超満員となった。オンラインチケットがまだ整備されていなかった当時、サポーターはチケットを取るのにスタジアム周辺で徹夜をするのが当たり前だった。
だが残念ながらレッズは、サポーターたちの熱烈な声援に結果で応えることができなかった。スタジアムには怒号が渦巻き、罵声を浴び続けた若手が涙目でプレーすることもあった。
高校時代から歓声をモチベーションにしてきた小野さんの姿勢は、負け続けたレッズでも変わることがなかった。罵声が降り注ぐ中でも耳をふさごうとせず、しっかりと受け止めようとした。
入団3年目でレッズはJ2に降格。そのJ2で、レッズはアルビレックス新潟とのアウェー2試合に1-6、2-4と大敗する。どちらも試合後、チームバスは一部のサポーターに囲まれて足止めを食らったが、動かないバスの中で小野さんはこう思っていた。
「アウェーまで応援に来た人たちにこんな試合を見せたんだから仕方ない。レッズは、いいプレーを見せて、その上で勝たなきゃいけないクラブなんだから」
J2に落ちても、サポーターたちはホームはもちろん、アウェーにも大勢で遠征し、敵地のスタジアムを真っ赤に染めた。そんなサポーターに小野さんと仲間たちは勝利で応え、レッズは1年でのJ1復帰を決める。そして小野さんはオランダへ旅立った。
イランの異様な雰囲気で再認識した声援がもたらす力
フェイエノールトで過ごした実り多き5年間では、日本代表でも忘れられない経験をした。
それはホームの熱気の中でベスト16に進出した、2002年日韓大会ではない。2006年ドイツ大会を目指す最終予選、2005年3月25日に行なわれたイランとのアウェーゲーム。10万人で超満員となったテヘランのスタジアムで耳にした大歓声、叫び声は、四半世紀を超えるキャリアの中でも最大のものだった。
「大歓声どころの騒ぎじゃなかったです。ピッチ上でチームメイトの声が聞こえないんですから。現役時代、いろんなところでプレーしましたけど、チームメイトの声が聞こえなかったのは、後にも先にもあのときのテヘランだけです」
恐ろしく迫力があるテヘランの大声援、これにはイランならではの事情がある。当時、この国では女性がスタジアムに行くことは許されていなかったので、大観衆のほとんどすべてが男たちだったのだ。