将棋PRESSBACK NUMBER
「血ヘドを吐きながら指した」二刀流棋士・鈴木大介が語る“将棋と麻雀の勝負観”「永瀬拓矢さんはもちろん…」「AIと完全一致はいけない」
text by
曹宇鉉Uhyon Cho
photograph byHideki Sugiyama/Takuya Sugiyama
posted2024/03/10 11:01
若き日の永瀬拓矢九段を知る二刀流棋士・鈴木大介九段。彼が語る「将棋と麻雀の勝負観」とは?
確かな才能があり、それを磨く修練を怠らない。奨励会時代も含め、「かつての自分と同じ体験を共有している」と思えるからだ。
「自分もプロになるまでの16歳から20歳までの間、『1日10時間やらなくちゃ』と血ヘドを吐きながら盤にしがみついて、指して、指して、指して……。1局でも、1手でも多く、これが血となり肉となるんだと、肩が上がらなくなるまで指した経験があります。受験勉強ではないですけど、永瀬さんはもちろん、9割以上の棋士が自分と同じような思いをしてきたはずです」
ただ、と鈴木は“例外の天才”について言及した。
「羽生さんと藤井さんは、同じ受験勉強を通っていない気がするんですよね。ごく普通に生きてきて、それでああなっているような雰囲気さえある。もちろん努力はしているんでしょうけど、それを努力と感じさせないというか……。正直、彼ら2人に関しては何をやってきたのかわからない(笑)。どんな生活をしているのかも、まったく想像できないんです」
羽生さん、藤井さんは駆け引きを考えたこともないのでは
鈴木が奨励会に入会した1986年、将棋界にはまだ“人間力の勝負”という考え方が色濃く残っていた。人生の機微に通じ、酸いも甘いも噛み分け、より達観したものこそが強い。織田作之助が坂田三吉の端歩突きに恍惚を覚え(『聴雨』1943年)、坂口安吾が大山康晴の鋼鉄の精神力を称えた時代(『九段』1951年)から続いていたトラディショナルな将棋観だ。しかしそんな思想も「将棋はゲーム」だと言い切る羽生善治の登場によって後景に退き、AIの台頭によって完全に過去のものとなった。
AIを用いた研究が主流となり、中継でもリアルタイムで評価値が可視化される現在の将棋界の状況を、鈴木は「端的に言えば、プラス1か、プラマイ0か、マイナス1。その3つしか将棋に答えはない、というのが今のプロの考え方」だと表現した。豊かな人生経験も、胃液がこみ上げるような研鑽の多寡も、むろん盤外戦術も、数理に支配された盤上に入り込む余地はない。
「自分の将棋観は違う。麻雀にも言えることですが、コンピューターと戦っているわけではなくて、どこまでいっても人間との勝負なので。心理的な駆け引きは当然、あるものだと思って指していました。特に若いころはそうでしたね」
鈴木は言葉を続ける。