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井上尚弥との最終決戦「勝っても引退していいですか?」 “消えた天才ボクサー”林田太郎はなぜ燃え尽きてしまったのか「体はいいけど、心が…」
text by
森合正範Masanori Moriai
photograph byHirofumi Kamaya
posted2024/03/07 11:04
「僕は早熟でした」と自身の現役時代を振り返る林田太郎。アマチュアボクシングで日本のトップに立ったが、プロの道に進むことはなかった
井上の存在はまるで太陽のごとく、過去の対戦相手やアマチュアボクシング界まで光を照らし、輝かせる。林田は「井上尚弥に勝った」こと以上に、同じリングに立ち、真っ向から拳を交えたことにこそ大きな価値を感じていた。
学生たちに「今勝たなくていい」と伝える理由
林田は筑波大で教員免許を取得した後、母校に戻り、現在は駒澤大のボクシング部コーチとして指導する。必死で結果を求め、休まずに練習し、疲弊してしまった自らの学生時代がいい教訓になっている。
「勝ったり、負けたりでいいんですよ。オフをつくって、抜くときには抜いた方がいい。僕は学生によく言うんですよ。『今勝たなくていい。最後に、ここぞというときに勝てばいいから』って。結果が欲しいのはわかるんですけど、基礎を固めて、最後に勝てるようにする。それが僕の今の目標です」
指導をする上で、林田には忘れられない出来事がある。コーチに就任したばかりの頃、ある学生が辞めることになり、母親から聞かれた。
「コーチ、失礼ですけど、大学に行ってなんのメリットがあるんですか?」
言葉に詰まった。即答できなかった。学生スポーツとは何か。その問いをずっと自問自答し続けている。
「もちろん、いろんな利点はあるんです。でも、学生は高い学費を払って大学に来ている。その価値があるのか。ボクシングは大前提として、人間教育の部分でも、もっと具現化しなくてはならないと思うんです」
社会に出てそれぞれの職に就く。世の役に立つ人間になれるか。ボクサーなら応援される選手になれるか。そのためには日々の寮生活や練習で生まれる思いやり、挨拶、気遣いなど人間力を磨かなくてはならない。いい仲間を作ってほしい。卒業したとき、ここで4年間学んでよかった、成長できたと思えるように。
「僕はね、『駒澤大でアマチュアボクシングをやっていたから謙虚で素晴らしいんだね。強くてしっかりしているんだね』と言われるような選手を育てたいんです」
ボクシング部の練習場にはいつも林田がいる。ときに鋭く、ときに優しい眼差しで。井上尚弥と闘った、あの試合の写真に見守られながら、「いいよ、いいよ」と林田の声がこだまする。
<第1回、2回から続く>