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井上尚弥との最終決戦「勝っても引退していいですか?」 “消えた天才ボクサー”林田太郎はなぜ燃え尽きてしまったのか「体はいいけど、心が…」
posted2024/03/07 11:04
text by
森合正範Masanori Moriai
photograph by
Hirofumi Kamaya
「あんな化け物みたいな相手に勝てっていうのか」
林田太郎と井上尚弥の3度目の対決は2011年11月20日、岐阜での全日本選手権決勝戦だった。4連覇を狙う大学4年の林田と、世界選手権16強に入った高校3年の井上。1勝1敗の決着戦だ。
だが、周囲の予想は「井上勝利」で一致していた。井上の成長曲線は想定の遥か上を行っている。林田も内心では「あんな化け物みたいな相手に勝てっていうのか」と思っていた。
リングに上がる前、コーチに告げた。
「勝っても負けても全力尽くすんで。これが終わったら、辞めてもいいですか?」
林田の懇願をコーチは受け流し、むしろ檄を飛ばしてきた。
「これで勝てば、おまえが五輪予選に行けるんや!」
「ちょっと待ってください。勝っても引退していいですか?」
「今はそんなことどうでもええ。とりあえず試合に集中せえ!」
林田はアマチュアボクシングを愛していた。競技に誇りもある。しかし、心が疲弊していた。1年時から駒澤大学のエースとして、全日本王者として、全力で走り続け、練習に明け暮れた。
若いから体は動く。大会が終わればすぐに全日本合宿が始まり、気持ちをオフにすることなく、年末も正月もグローブを握る。それを4年間続けた。体より先に心が悲鳴をあげた。満タンだったはずの心のタンクが補給されることなく消費されていき、もうエネルギーは一滴も残っていなかった。
林田は「引退後にスポーツを勉強するようになって、気づいたんですが」と前置きして、こう打ち明けた。
「僕は早熟でした。体はいいけど、心が……。早いうちからトップに居続けると、精神的に未熟なので崩れやすく、引退が早まる。休むのも下手で、全日本王者だから全部KOで勝たなきゃとか、毎試合勝ち方にもこだわってしまった。ずっと張り詰めた精神状態だったんです」