ボクシングPRESSBACK NUMBER
「なに、このパンチ…ヤバいな」それでも井上尚弥17歳は“無敵”ではなかった…“怪物に勝った男”林田太郎の証言「あれはスターの特性なのかな」
posted2024/03/07 11:03
text by
森合正範Masanori Moriai
photograph by
AFLO SPORT
のちの世界4階級制覇王者・井岡一翔への憧れと下剋上、そして井上尚弥との初遭遇――アマチュアボクシングに青春を捧げた駒澤大学の林田太郎は、2010年の全日本選手権決勝で高校2年生の井上と初めて拳を交えた。当時すでに圧倒的なポテンシャルを示していた“17歳のモンスター”の実力は、一体どれほどのものだったのか。「井上尚弥に勝った日本人ボクサー」が、若き怪物との激闘を振り返る。(全3回の2回目/#1、#3へ)
井岡一翔が見せた「北斗百裂拳のような高速ミット」
林田太郎は高校時代、同級生の三須寛幸が井岡一翔に2度挑むのを間近で見てきた。一緒に攻略法を研究し、手本にしてきた選手でもある。
「ウォーミングアップ会場で井岡さんのミット打ちを見てはいけないんですよ。北斗百裂拳のような高速ミット。あれを見たら怖じ気づいてしまうんです」
大学でのデビュー戦。試合は思っていた以上に噛み合った。パンチも当たる。善戦したものの、井岡のバランスがいい。結果は判定負け。だが、リーグ戦で井岡戦以外は4戦全勝。1年生ながら駒澤大学のエースになった。
「井岡さん以外の誰にも負けてはならない」
約5カ月後の国体決勝でも井岡に敗れ、3度目の対戦は2008年11月16日、新潟で開催された全日本選手権。互いに勝ち上がり、決勝で向き合った。
「井岡さんとは練習量も違うし別世界の人。勝てるわけがない。僕はずっと準優勝でいようと思っていたんです」
序盤、左で試合をつくる井岡。林田は何度もアタックを仕掛け、時折右フックがヒットした。最終回は激しく打ち合い、ポイントで逆転。27-26で林田の手が挙がった。憧れの井岡から勝利を奪い、全日本選手権を制して「日本一」の称号を手に入れた。
「まず頭に浮かんだのは、『俺が井岡さんに勝っちゃダメでしょ!』と。でも、欲がなかったのがよかったのかもしれません。次に思ったのは『全日本合宿あるのかな。嫌だなあ』ということでした」
1学年上で憧れの井岡には敗れてもいい。だけど、他の誰にも負けてはならない。林田の頭の中で独自のルールができあがっていた。