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「井上尚弥に勝った男」「消えた天才ボクサー」と呼ばれた林田太郎は今…井岡一翔、寺地拳四朗にも勝利した元アマ王者の知られざるボクシング人生
posted2024/03/07 11:02
text by
森合正範Masanori Moriai
photograph by
Hirofumi Kamaya
「1勝2敗ですよ、最後に勝ったのは向こうですよ」
駒澤大学のボクシング練習場には多くの写真が飾られている。その1枚。試合用の赤いユニフォームに身を包んだ林田太郎が、相手選手に左のパンチを放っている。その選手の背中には「井上尚弥」とゼッケンがつけられていた。2010年11月21日、全日本選手権の決勝戦。林田が井上に勝った試合のワンシーンだ。
井上に完勝した林田は、将来を嘱望されながらもプロに進まなかった。「消えた天才」としてテレビ番組で紹介されたこともある。
「正直、恥ずかしくて……。もっと言うと、尚弥に迷惑かけちゃうんじゃないかと思ったりもするんです。だから聞かれたら『1勝2敗ですよ、最後に勝ったのは向こうですよ』と言うようにしています」
だが、破った相手は4学年下の井上だけではない。1学年上の井岡一翔、2学年下の寺地拳四朗と、世代が異なる3人の世界チャンピオンから勝利を収めている。
「長くアマチュアのトップで居続けられたからですかね。そこは嬉しいですよ。しかも全部全国大会の決勝戦。大きな舞台で勝ち上がってきた強い相手に勝てたのは、少し誇りでもあるんです」
気恥ずかしさとプライドが入り交じった笑顔を見せた。「井上尚弥に勝った最後の日本人ボクサー」は、名だたる王者たちと交差したボクシング人生を歩んできた。
父が払ってくれた大金「絶対に辞められない」
林田は1989年9月9日、千葉県浦安市に生まれた。現在の身長は163センチ。幼少期から小柄で、クラスでの並びは前から1番目か2番目。中学では野球部に所属し、体育の授業で柔道をやれば、同じ体重の同級生には負けない。不良ではないが、腕力には自信があった。相手が大人であろうと間違ったことははっきりと言う芯のある少年だった。