The CHAMPIONS 私を通りすぎた王者たち。BACK NUMBER
「“無敗の怪物”井上尚弥は天才ではない…」なぜ父親はずっと否定的だったのか? 13年前、井上尚弥が日本人ボクサーに“最後に負けた日”
posted2023/07/23 11:02
text by
前田衷Makoto Maeda
photograph by
Getty Images
その井上のアマチュア時代からこれまでの歩みを追った雑誌『Number』の「The CHAMPIONS 井上尚弥編」を特別に公開します。【初出:Number 2020年11月19日発売/肩書、年齢などは当時のものです】
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「井上尚弥は天才なのか?」父親の意見
「絵に描いたようなカウンター」とはまさにこのようなパンチだったのではないか。
現地時間(2020年)10月31日、ラスベガス・デビュー戦の第7ラウンド。ジェーソン・モロニー(豪)が放った右とほぼ同じタイミングで放たれた右ストレート一閃。
カウンター・ブローが決まった時のKOシーンはひたすら美しい。そこには殴り合いの残酷さは微塵もなく、このスポーツの持つ美の極致ともいうべき瞬間が観る者を酔わせる。パンチを当てた方もこれ以上はない快感を持つはずで、試合後の井上尚弥が「フィニッシュはすごく納得のいくパンチ」と自賛したのも頷けよう。
その前の第6ラウンドに最初のダウンを奪ったのも、やはりカウンターだった。モロニーが左を放ったところに合わせた左フック。近年これほど果敢にカウンター・ブローを放つボクサーも珍しいのではないか。
カウンター・ブローとは、相手の力を利用して強力なダメージを与える高度のテクニックを要するパンチ。非力な選手でも相手の力を利用してパンチの衝撃を倍増できる。それが井上の場合は元々パワーがあるのだから、さらに大きな破壊力となる。
誰もがお手本にしたいようなパンチだが、誰でも打てるパンチでもない。それを完璧に打てる井上は天才なのか? これについては、父親でありボクシングの師でもある井上真吾が常に否定的である。6歳から父真吾の指導でボクシングを始め、コツコツと努力で積み上げてきたのがいまのボクシングだと言うのである。
真吾の意見に、所属の大橋ジム会長・大橋秀行も同意する。実際にその“証拠”を見せてもらったことがある。大橋の携帯電話の中におさめられた、中学生の尚弥が大橋ジムでスパーリングをしている映像なのだが、そこに映っていたのは、それが井上尚弥だと指摘されなければ分からなかったほどの平凡なスパーだったのだ。
日本人ボクサーに“最後に負けた日”
しかし、そうはいっても元々才能があったのは確かだ。そうでないと、高校の3年間で全国大会に5度優勝し、さらに大人の大会である全日本選手権に優勝することなどできなかったはずである。