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井上尚弥との最終決戦「勝っても引退していいですか?」 “消えた天才ボクサー”林田太郎はなぜ燃え尽きてしまったのか「体はいいけど、心が…」
text by
森合正範Masanori Moriai
photograph byHirofumi Kamaya
posted2024/03/07 11:04
「僕は早熟でした」と自身の現役時代を振り返る林田太郎。アマチュアボクシングで日本のトップに立ったが、プロの道に進むことはなかった
アウトボクシングの完成度に「これは凄いな…」
最後の試合のつもりで井上と向き合った。井上は前戦とはまた戦術を変え、勝つためのアウトボクシングに徹してきた。
「尚弥って本質的にはファイターで、ガーッと攻める。パンチのパワーが一番の魅力だと思う。だけど、今までずっとアウトボクシングをやってきた選手と同じ完成度なんです。向き合いながら『これは凄いな……』と感心しました」
とはいえ、井上のこのスタイルだと、林田は前に出やすい。動きは悪くない。攻めたつもりだった。1回終了時の公開採点。耳を澄ますと、大差で井上に振られていた。これで勝負は決した。
「もう引退するんだから、気持ちを折らず、最後までやってやろう」
追い回す林田。足を使う井上を無我夢中で追い掛けた。必死に手を出す。結果は24-30の判定負け。だけど、井上相手にやりきった。燃焼できた。林田は心の中でそっとグローブを吊した。
林田太郎はなぜプロに進まなかったのか
大学卒業後、駒澤大の関連会社に勤め始めた。そんな頃、林田の元にキクチボクシングジムの会長、菊地万蔵から久しぶりに電話がかかってきた。
「元気か? これからどうするんだ。プロで1回やらないか。やるんだったら将来的にジムを譲ってもいいぞ」
「いや、すみません、教員免許を取りながら仕事をしていて……」
「おお、そうか、わかった。元気でな。またな」
電話を切ると、翌日「キクチジム閉鎖」のニュースが飛び込んできた。菊地は最後の最後にキクチジムを託そうと、連絡してきてくれたのだ。その他にもいくつかプロから誘いを受けたが、もうボクシングを続けるつもりはなかった。最後、恩返しのつもりで会社の名前を背負い、全日本社会人選手権に出場し、優勝した。そして林田太郎の名前は表舞台から消えた。
井岡一翔はプロで白星を重ね、井上も新たな世界へと踏み出した。しかし、長らくアマの頂点に立っていた林田は、プロ入りを真剣に考えることは一度もなかった。
「スパーリングに呼ばれてプロのジムに行くじゃないですか。全然負けなかったし、こっちこそが本物という思いもありました。今は決してそんなことないんですが、当時は少し下に見ていたのかもしれません。プロは儲からない、とも聞いていたので……。それにやっぱり、母の『公務員が一番いいよ』という言葉が頭に残っていましたね」