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「今日に限っては井上尚弥を超えた」大橋会長も絶賛…井上拓真はなぜ“覚醒”できたのか?「過去イチの相手」を悶絶させた鮮烈KOのウラ側
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph byNaoki Fukuda
posted2024/02/26 17:00
世界王座防衛9度の強豪ジェルウィン・アンカハスのボディを攻める井上拓真。「過去イチの相手」を自身5度目のKOで撃破した
いままでの拓真ならフットワークを駆使して、徹底したカウンター狙いに入っていた場面だ。ところが拓真はここで果敢に打ち合いに応じた。拓真はその心境を次のように説明した。
「相手が出てくるのは想定していた。脚を使ってポイントアウトすることもできたけど、それをやるといつもの自分のつまらない試合になってしまう。(前回のリボリオ・ソリス戦は)脚を使って相手がくるところに(カウンターを)狙ってポイントアウト。ずっと一定でお客さんも退屈する内容。山場も作りたいし、お客さんが『おっ』と思うような試合をしたいと思っていた。偉大な兄と比べられる。兄弟である以上は、そこで自分も盛り上げる試合をしたいという思いが強かった」
「楽しさがあった」打ち終わりには笑顔も
バンタム級とスーパーバンタム級で4団体を制した兄・尚弥は“モンスター”の異名通り、常に豪快なノックアウトで試合を終わらせる。「早く終わりすぎて物足りない」ということはあっても、「退屈」とは無縁のチャンピオンだ。
拓真は兄と同じようなボクシングをしようとしたわけではない。技巧派でもいい。ただ、打ち合うところは打ち合い、リスクを取るところはリスクを取る。「自分のボクシングに足りないものを取り入れる」。それがよりアグレッシブなスタイルだった。
拓真は父の真吾トレーナーから「耳にタコができるほど言われてきた」という「くっついたらボディ打ち」を愚直に繰り返す。歴戦の強者、アンカハスも強打を打ち込んでいくが、拓真は逃げなかった。そして打ち負けなかった。打ち終わると笑顔も見せた。「強い相手にこれだけ打ち合いができるんだ、という楽しさがあった」。試合中に成長するボクサーがそこにはいた。
アンカハスは根負けしたように6回に再び距離を取る。しかし7回はネジを巻きなおし、再び前に出て、頭をつけての打ち合いを挑んだ。拓真はハンドスピードが速い。左右のボディブロー、顔面への左フックが元V9王者をとらえる。アンカハスも左アッパーを突き上げ、勝利への執念を見せる。白熱した打撃戦に国技館が沸いた。