迎えた9回、拓真の右ボディアッパーが炸裂すると、アンカハスがたまらずヒザをつく。苦悶の表情、一瞬の逡巡、しかし立ち上がることはできない。元王者は「あの一発だけが効いた」と振り返ったが、ダメージの蓄積が確かにあった。10カウントが数えられると、拓真は飛び上がり、グローブをキャンバスに叩きつけ、父と兄と抱き合い、喜びを爆発させた。

井上拓真の右ボディアッパーで悶絶し、ヒザをつくアンカハス　©Hiroaki Yamaguchi

大橋会長「今日に限っては兄・尚弥を超えた」

　試合後、ベルトを守った王者は試合前の心境を率直に明かした。

「相手はスーパーフライ級を9度防衛しているチャンピオン。自分はチャンピオンになったばかりの新人みたいなもの。試合が決まってからは挑戦するつもりで練習してきたし、名チャンピオンに自分がどれだけ通用するのか分からなかった。試合が始まるまで不安があった」

　不安が大きかったからこそ勝利の喜びは倍増した。「自信になった」との言葉に実感がこもる。試合の出来を問われた大橋会長は「今日に限っては兄を超えた」と気の利いたセリフで報道陣を笑わせ、拓真は「今日限りは超えたと言っていいんですかね。そう言ってもらえるとうれしいです」と笑顔を見せた。

　アンカハスをKOしたことで、激戦のバンタム級における拓真の位置づけも大いにアップした。次戦は指名挑戦者の石田匠（井岡）とのV2戦が既定路線となっているが、4団体統一を目標に掲げているだけに、同じ会場のセミでWBC王座を獲得した中谷潤人（M.T）との対決もいずれクローズアップされてくるだろう。

　ほかにもIBF指名挑戦権を獲得している西田凌佑（六島）は5月、IBF王者エマヌエル・ロドリゲスに挑戦する見込みで、元フライ級世界王者の比嘉大吾（志成）、日本王座を返上した堤聖也（角海老宝石）、キックボクシングからボクシングに転向して注目を浴びる那須川天心（帝拳）、同じく武居由樹（大橋）らホープも虎視眈々と世界を狙っている。

　既に勃発しているバンタム級ウォーズの中で、拓真はどのような存在感を発揮するのか。WBA王者は「4団体統一という目標を掲げている以上、負けられないという気持ちがある」と言葉に力をこめた。自信という最もほしかった武器を手にした拓真の今後に期待が高まった。