「広岡達朗」という仮面――1978年のスワローズBACK NUMBER
「王貞治より稼げるぞ」ヤクルトの“打てる捕手”八重樫幸雄はなぜ名将に愛された?「入院中に森さんが…」“広岡達朗の名参謀”の無茶振り秘話も
text by
長谷川晶一Shoichi Hasegawa
photograph byKYODO
posted2024/01/19 11:02
現役時代の八重樫幸雄。王貞治に一本足打法を授けた荒川博から「アイツなら5000万は稼げる」とバッティングセンスを高く評価された
さて、改めて時計の針を78年シーズンに戻したい。開幕以来、スタメン出場が続いていた八重樫だが、4月28日の読売ジャイアンツ戦において左ひざ内側側副靭帯を断裂し、5カ月の戦線離脱を余儀なくされたことは、前回詳述した。入院中のある日、病院に一本の電話が入った。受話器の向こうにいたのは森だった。
「夏場になって、チームが苦しい戦いを続けていた頃、僕はようやくギプスが外れてリハビリに励んでいました。ちょうどそんな頃、病院に森さんから電話があったので、松葉杖をつきながら電話に出ました。すると森さんはいきなり、“もうそろそろ大丈夫だろ?”と言ったんです。まだ松葉杖を使わないと歩けない状態だったのに、いきなりの申し出だったから、驚きましたよ(笑)」
大矢には叱責し、八重樫には黙認していた森コーチ
森が八重樫に大きな期待を抱いていたことはよくわかったが、改めて大矢の言葉がよみがえる。本連載(#14)において、森と意見が相違するきっかけとなった一件について、こんな発言を残している。
「僕は投球に備えるときに、右足の位置を5センチか10センチくらい、左足より引いて構えるんです。その方がスローイングに行くタイミングがつかみやすいし、右足を引くことで、ファウルチップの打球やワンバウンドの投球を止めやすくなるんです。でも、森さんは“右足を引くな、平行に構えろ、投手に正対しろ”という考えでした。もちろん、僕もやってみたけど、どうもしっくりこないんです……」
大矢はあくまでも自分の流儀を貫き、それによって森からの心証を悪くしてしまった、大矢はそう考えている。この一連のやり取りを伝えると、八重樫は意外な言葉を口にした。
「……えっ、それは初めて聞きました。だって、僕だって右足を引いて構えていましたから」
八重樫もまた、大矢と同様に「右足を引いて構えた方がいい」と考えていたという。しかし森は、大矢に対してはそれを叱責し、一方の八重樫に対しては黙認していたのだ。股関節の柔軟性や肩の強さ、スローイングの正確性など、個々の特長を見極めた上で、両者に対する指導スタイルを変えていたのだろうか?