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藤井聡太に名人を奪われた夜「懐の深い渡辺明先生が…」高見泰地が見た“TVに映らない大棋士の素顔”なぜ藤井八冠は逆転負け後、微笑んだか
text by
茂野聡士Satoshi Shigeno
photograph byKeiji Ishikawa
posted2023/12/30 06:06
名人戦第5局の感想戦。副立会人の高見泰地七段、戸辺誠七段らが見た“その後の情景”とは
「天彦先生の将棋と言えば、受けが丁寧かつ頑強なタイプで、長手数も歓迎といった構えで戦うタイプです。そこで相手が無理攻めしてきた場合、振り飛車によって受け止めていく……という発想は、なるほどと思います。評価値的に最初は損ねるとしても、定跡のレールに乗ってしまうより、自分の棋風にアジャストしたり、力が出る将棋に振り飛車がなるとしたら、そちらを選ぶというのは自然な発想です。そういう意味で、豊島さんと天彦先生ともに、新しい引き出しになりうると思って指されているのではないでしょうか」
藤井が“大逆転負け”した一局から学んだこと
――最後にお伺いしたいのですが、将棋界全体を見ていく中で、高見さんご自身の心境に何か変化はありますか?
「30歳になった中で、様々なイベントも戻ってきたことでありがたいなと思うのがまず1つです。もう1つ、最近強く思うのは〈負けること〉自体以上に〈力を出せずに負けること〉が一番悔しいんだなという」
――そう思うようになったきっかけは?
「藤井さんと渡辺先生が戦った棋王戦第3局と、その3日後のA級順位戦プレーオフです」
――新潟で行われた棋王戦第3局では終盤に勝勢が二転三転した末に、藤井八冠が勝ち筋を逃して渡辺九段に勝ちが転がり込みました。あまりの激闘に、大盤解説を担当された高見さんが終局直後、息も絶え絶えになっていた姿は強く覚えています。
「懐かしい……それも2023年の出来事なんですよね。この一局は藤井さんが苦しい展開の中で粘り続けて、最後に勝利の道がありながらも逃してしまった。そこから広瀬章人八段とのプレーオフがあったのはわずか3日後です。あの敗戦を喫した上でその日程だと普通の棋士なら勝つか負けるか以前に……いい内容の将棋が指せないと思うんです。それでも藤井さんはしっかりとプレーオフで快勝した。先ほど渡辺先生の切り替え力について触れましたが、それは藤井さんにも共通するものでした」
あの逆転負けの経験が、八冠につながったのかもしれない
――棋王戦第3局の感想戦では藤井八冠の表情に、マスク越しながら笑みが見えました。