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藤井聡太に名人を奪われた夜「懐の深い渡辺明先生が…」高見泰地が見た“TVに映らない大棋士の素顔”なぜ藤井八冠は逆転負け後、微笑んだか
posted2023/12/30 06:06
text by
茂野聡士Satoshi Shigeno
photograph by
Keiji Ishikawa
藤井竜王・名人の八冠ロードが大偉業として取り上げられる一方で、それぞれの棋士にも人間性の豊かさを感じ取る。それが〈観る将〉と呼ばれる人々の心を打つ大きな理由であるのは間違いない。
高見泰地七段が回想するのは、第81期名人戦第5局後のことである。
この一局、渡辺明九段から見て名人位を藤井に奪われる形となったが……副立会人を務めた高見は、決着局となったその夜に同じく副立会人だった戸辺誠七段らとともに、渡辺と長い時間を過ごす機会があったという。
◇ ◇ ◇
気付けば朝方まで話し込んでいましたね
――渡辺明九段が『Number』の将棋特集号インタビューで名人戦第5局の後、高見さんたちと夜を過ごしていたと語っていました。逆の立場で、高見さんが見た情景を教えてもらえるでしょうか。
「もともと戸辺先生が渡辺先生とすごく親しいのに加えて、渡辺先生が自分のことも“よく喋る後輩”と認識してくださっていたようで。大盤解説を担当した黒沢(怜生)六段などとともに対局2日目が終わった後に〈少し飲もうか〉という流れで始まった気がします。本当にいろいろと話し込んで、気付けば朝方まで、という感じでしたね」
――差し支えない範囲で、どんな話をしたのでしょうか。
「少しは将棋の話をしたのですが……渡辺先生がインタビューで答えているように、皆さんが思うほど、そんなにしていないんです。むしろ印象に残っているのは、渡辺先生が温かく迎え入れてくれて、気づけば盛り上がっていた、その場の空気でしたね」
――対局中とその前後の緊迫感は目にしますが、対局後の雰囲気がそのような感じとは知りませんでした。
「むしろ、そこに渡辺先生の凄みを感じたんです。あの状況で後輩に気を遣わせないどころか、場を明るくしていただいた。約20年にわたってタイトルを保持し続けた中で無冠となった、その夜にです。もともと将棋が終われば気持ちを切り替えて……という方ではありますが、正直に言えば〈どんな雰囲気なのだろう〉と思っていました。でも一緒に時間を過ごしていて〈ああ、これが大棋士としての懐の深さなんだ〉と体感しました」
「土日研究NGじゃ間に合わない」に思うこと
――渡辺九段のインタビューでもう1つ。AI研究について聞かれて「今はとても土日研究NGじゃ全然間に合わなくなりました」とも話されています。