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「原(辰徳)ともやってますが、実力は岡田が上だと」岡田彰布の“すでに名将”な早大キャプテン秘話「亡き友の心を震わせた言葉」とは
text by
清水岳志Takeshi Shimizu
photograph byHideki Sugiyama
posted2023/12/06 11:02
岡田彰布と原辰徳。阪神・巨人の象徴のような2人は、大学時代からライバルだったという
そんな若き日を思い出すかのように――12月上旬、岡田の同期である『早稲田大学野球部同期55会』が発起人となって祝賀会が行われた。この祝賀会はOB会は関わらない、ごく私的な会で、メディアもシャットアウトになる。主催する『同期55会』は毎年、この時期に集まって宴会とゴルフを行っていて、その拡大版になるという。この会ができた経緯を、島貫が説明する。
「阪神が初めて日本一になった翌年の86年にスタートしてずっと続いてます。阪神の38年ぶりの優勝と一緒なので、38回目ですね。九州、四国、大阪などに同期がいるので地方に行くこともあります。岡田がいるからこその会です」
年上の佐々木、幹事役の関口も、その求心力に感心している。
「卒業から40年以上たって毎年、同期会を行っているのは団結力がある学年だからこそですね」(佐々木)
「毎年、8割ほどが集まります。岡田は早くからレギュラーになったけど天狗になる男でもないし、軽井沢で厳しい練習をこなしたうえで洗濯、グラウンド整備、道具の片づけとか1年生の仕事を我々と同じようにやってました。上に立つものとして忖度もしないし、平等性もある。人格を周りが認めてるんです」(関口)
心を震わせる言葉を発せられる男なんです
この会の発起人は今は亡き外野手の菊地秀一という人物だった。菊地はあるとき、岡田から手紙をもらったことがあったという。ベンチに入っていたけどレギャラーになれず、くじけそうになったときに励ます内容だったそうだ。
宝物にしていた手紙を、関口は見せてもらったことがある。
「菊地は〈同期会で披露していいか〉と言ってきて、2次会で弾き語りのあるスナックでピアノの演奏をしてもらいながら、その手紙を読んでいた記憶がありますね」
その菊地にも、大学野球で大きな思い出がある。4年秋の早慶戦の第3戦のこと。延長戦にもつれ込んだ熱戦は、菊地が三塁打を放って勝利に導いたのだった。
「岡田は菊地に〈4年間、お前が努力してきた結果だ〉と伝えました。そういうことを自然と言えるんです。普段は余計なことを言わないんですが、大事な時に奮い立つような、心を震わせる言葉を発せられる男なんです」
慕われ、頼りにされる岡田彰布――大学時代の逸話の数々を聞いても、周りに人々が“集まり参じる”理由が理解できる。