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「SNSは選手の素顔を」「大学に縛り付けない」「選手は『さん』付けで」…《元100m日本王者》伊東浩司が“自由と個性”を活かす指導を選ぶワケ
text by
荘司結有Yu Shoji
photograph byJIJI PRESS/Shigeki Yamamoto
posted2023/11/19 17:02
1998年のバンコク・アジア大会で10秒00の100m日本記録をマークした伊東浩司氏。現在は甲南大女子陸上部の監督を務める
こうした細やかなアップデートを重ねる伊東氏のもと、選手たちはのびのびと成長を遂げている。女子の短距離選手は、中高で驚異的なタイムを叩き出しても、その後伸び悩むケースは少なくない。その中でも、甲南大の選手たちは大学で着実に成長曲線を描いている印象が受け取れる。
選手を「大学の環境に縛りつけない」
その理由のひとつには、伊東氏が選手たちを大学の環境に縛りつけず、高校との連携を緩やかに図っている点も挙げられる。それには、自身の東海大時代の苦い経験があるという。
伊東氏は報徳学園高3年時、400mで当時の日本ジュニア記録(46秒52)をマークし、東海大に進学。当時の東海大は100mで日本タイ記録を出した太田裕久氏、200m・400mで日本記録を樹立した高野進氏らが在籍する「スプリント王国」。伊東氏も活躍が期待されたが、思うように記録が伸びない時期が続いた。
「肉離れなどもあったのですが、一番大きかったのは心の怪我ですね。僕は早熟なほうだったので分かるのですが、中高と結果を残してきたのに、大学で伸び悩むと『中高でああいう練習をしていたから強くなれたのに』という発想になってしまう。でも、当時は自由に考える余地もなく、言われた通りの練習をただこなすだけでした。過去の成功体験をズルズルと引きずってしまい、3年近く自己ベストに近い記録が出せなかったのだと思います。
なので彼女たちはあまり大学の型にはめ込まず、過去の成功体験を大切にしてあげたい。高校でやってきたトレーニングには口出ししませんし、母校に帰って練習することも止めません。過去の成功体験を認めてあげて、その上で『こういう考え方もあるよね』『大学ではこういう練習もあるよ』と伝えています」
伊東氏はそれぞれの高校の練習方針や環境などに配慮したうえで、ひとりひとりに異なるアプローチをしている。こうした連携があるからこそ、選手たちは環境の変化に戸惑うことなく、高校から大学へとスムーズに移行できているのかもしれない。