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「SNSは選手の素顔を」「大学に縛り付けない」「選手は『さん』付けで」…《元100m日本王者》伊東浩司が“自由と個性”を活かす指導を選ぶワケ
text by
荘司結有Yu Shoji
photograph byJIJI PRESS/Shigeki Yamamoto
posted2023/11/19 17:02
1998年のバンコク・アジア大会で10秒00の100m日本記録をマークした伊東浩司氏。現在は甲南大女子陸上部の監督を務める
SNSでは「選手の素顔が伝わるように」
伊東氏の経験を基にした空間管理やメンタル面のコーチングに加え、常に競い合う環境、そして自由闊達な部の雰囲気が甲南大の特長だろう。選手たちは黙々と練習に励むというより、他愛もない話で笑い合ったり、流行りの音楽を流したり、練習の時間自体を楽しんでいるように映る。
甲南大ではこうしたトレーニング中の雰囲気を、SNSを通じて日々発信している。それも真面目な練習風景をただ載せるだけではなく、選手たちの素顔が伝わるようなものを中心にアップしている。それは意外にも、伊東氏の提案だそうだ。
「練習風景などの投稿ばかりあげても、見ている人にとっては面白くないですし、選手たちの個性も伝わりにくいかなと。実際に、陸上関係者からよく見られているんですよ。つい最近、法政大の苅部(俊二)先生に『見ているよ』と言われましたし、この前のインカレでも他大学さんからSNSの使い方について色々と聞かれました。
高校生の生徒さんたちもよく見てくれているようです。最近は髪が染められる、ピアスが開けられる大学を探している子も多いようですし、選手本人だけでなく、保護者の方が『自由度が高いところへ進ませたい』というケースもあるんです」
コロナ禍で対面のスカウティングが制限された背景もあるだろうが、甲南大の選手たちに入部の経緯を聞くと、SNSで部の雰囲気を知り、興味を持ったというケースは多い。伊東氏の存在も大きいはずだが、部の実績や歴史だけでなく、甲南が打ち出す「自分らしく活動できる」という点は、大きな決め手となっているのだろう。
最近、選手たちは高校生向けにTikTokも始めたといい、「私は一度もみたことがないですが、よくグラウンドで踊っていますよ」と笑う伊東氏。"昭和の体育会”の価値観を踏襲する指導者も少なくない中、伊東氏は時代の変化に応じて、柔軟に新しいスタイルを取り入れているように思う。
細かい点を挙げるなら、伊東氏は選手たちを呼び捨てにせず、必ず「さん付け」で呼んでいる。それにも時代的な背景を反映しているという。
「僕は神戸市の仕事で小学校の現場によく行くんですが、最近はみんな『●●さん』と呼ばれているんですね。なのに急に部活動で呼び捨てになるのはおかしいなと思ったんです」