「藤井さんはあらゆる完成度が際立っています」

　改めて、棋士から見た藤井聡太の強さとはなんなのか。

　王位を奪われ、その実力を最も近くで感じたであろう木村に藤井の印象を尋ねると、こう答えてくれた。

「よく考える人、ですね。王位戦第4局で封じ手時刻を越えて考え続けたでしょう。一手前を封じ手にすれば無難だったけど、その場で考え続けたかったから指して局面を進めたんです」

　不思議な答えでもある。棋士は皆、考える人ではないか。それだけ藤井の盤面に集中し続ける姿勢が際立っているということなのだろう。

　タイトル戦を間近で見た野月はこう語る。

「藤井さんはあらゆる完成度が際立っています。対局はもちろん、AIを使った研究の質も高い。それに研究を外れても崩れない強さがあります」

　藤井は奨励会三段の時からAIを使い始め、すぐに自分の血肉にした。二冠達成後、高スペックのデスクトップパソコンのパーツを購入し、自分で組み立てたという報道が話題となった。だが、高価なものを買えば勝てるわけではない。

　いまはほとんどの棋士がAIで研究している。ある局面を探索させれば、すぐに最善手を弾き出す。誰もが部分的な正解を持てるようになったが、どうすれば勝ちに結び付けられるのか。正解の海の中で溺れそうになり、もがいている棋士は多い。

　そして正解に満ち溢れた世界は想像以上に息苦しかった。研究合戦は留まるところを知らず、オフを削ってパソコンに向かう棋士もいる。研究がそれほど影響しない戦型に軸足を移したトップ棋士もいる。

　そんな中、藤井だけは軽やかなフォームで正解の海を泳いでいるように映る。初タイトルを獲得した3日後に18歳のバースデーを迎えた青年にも、苦悩や葛藤はあるはずなのに。

2020年、二冠を達成した際の藤井　©JIJI PRESS

「どこまでいっても頂点ということはありません」

　王位を奪取してから約3カ月後、藤井はその就位式でこう語った。

「どこまでいっても頂点ということはありません。どこまでいっても変わらず、強くなるために努力することが大切です」

　最年少二冠として棋史にその名を刻んだが、藤井の大いなる志は少しも変わらない。

　藤井の次なる目標は、王将戦挑戦者を決める9月からの王将リーグだった。しかし羽生善治、豊島将之、永瀬拓矢を相手によもやの3連敗を喫した。王将リーグを見た深浦は「まだまだ昇っている途中なんでしょうね」と語る。

　一昨年の王将リーグで藤井と挑戦決定の一番を争って制し、最年少でのタイトル挑戦に待ったをかけた広瀬章人は次のような感想を抱いている。

「最低でも挑戦争いには絡んでくると思ったんですけどね。終盤は相変わらずメチャクチャ強いけど、100％ではないとわかりました」

　100％とは、まず間違えない、という意味である。広瀬は、藤井が一気に全タイトル戦出場を果たしてもおかしくないと考えていたという。

　では今後、藤井将棋に対してどこに勝機を見出していくのか。広瀬は話す。

「序中盤で悩んでもらって時間を削るしかない。それでこちらの形勢がよくなれば、ようやくいい勝負でしょう」

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