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「藤井聡太の殺気が漂っていた」豊島将之に6連敗…”人生最大の逆転負け”の夜、藤井が新幹線ホームで師匠・杉本昌隆に聞いたこと
text by
杉本昌隆Masataka Sugimoto
photograph byTakuya Sugiyama
posted2023/10/13 06:02
対局中、感想戦でも落ち込むように考える姿を見せる藤井。中でも師匠が藤井に声をかけるのを憚られたほど「荒ぶった」一局があったという
ゲームとしての将棋には、純然たる偶然の他にも、ある種運頼みのテクニックが存在します。その一つに、相手のミス待ちをする作戦があります。自分はとにかく失敗しないような安全策を取り、ひたすら相手のミスを待つという作戦です。相手がミスをしなければ勝負が先延ばしになるだけで済みますし、こちらの思惑通りにミスをしてくれれば、それを咎めて勝つことができます。これはローリスク・ローリターンな作戦ということができるでしょう。
ミス待ちの作戦以外には、「時間責め」という作戦があります。こちらに時間があって、一手1分の秒読みに追い込まれた相手に対し、少しでも考える時間を与えないように、こちらも早指しで相手を追い込むことです。
その指し方は王道ではありませんが、うまくいけば労せずして勝ちを拾うことができます。ただし、その考え方は平常心からは遠いでしょう。
藤井はそのような退嬰的な考え方はしません。自ら切り拓く気持ちが、好手の発見に繫がるのです。
羽生との対局で飛び出した、盲点になる手
その感性が生かされたのが、先の羽生善治九段との第72期ALSOK杯王将戦です。王将戦の第一局、6六桂という手でした。
将棋では、自分の駒は基本的にあったほうがよいのですが、たまに邪魔になる時があります。この駒がなければ、その空間に違う駒を打って、局面をリードできるのに、という場面が稀に生じます。
邪魔な駒というのは、棋士ならたいていは一目見て気がつきますが、その場面ではわかりませんでした。その駒がいないほうがいいとは誰も思わなかった、いわゆる盲点になる手です。
その思考回路はもう才能
その時藤井は、自分の玉の頭にある6六歩という駒を、ないほうがいいのではないかと気づきました。その駒を相手にただで渡して、その空間に6六桂と打って一気に局面をリードしたわけです。
これは、おそらく詰将棋で養われた感覚でしょう。パズルのように駒を入れ替えて正解に辿り着く詰将棋の感性です。先入観をもっていたら選べない手です。自陣近くの歩は守り駒、というのが通常の感覚ですから。
この手、実は将棋ソフトでも最善手と示されていたようです。AIであればたしかに見つけるかもしれませんが、人間には、その思考回路はありません。そこに気づけたのは、やはり先入観がないからでしょう。流れに任せることなく、常にその場面における最善を読む。そして閃く。