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「藤井聡太の殺気が漂っていた」豊島将之に6連敗…”人生最大の逆転負け”の夜、藤井が新幹線ホームで師匠・杉本昌隆に聞いたこと
text by
杉本昌隆Masataka Sugimoto
photograph byTakuya Sugiyama
posted2023/10/13 06:02
対局中、感想戦でも落ち込むように考える姿を見せる藤井。中でも師匠が藤井に声をかけるのを憚られたほど「荒ぶった」一局があったという
なんと形容すればいいか、「寄らば斬るぞ」「殺気漂う」、まさにそんな感じです。
一方の私は、その様子を見て少なからず戸惑いました。できればそっとしておきたい。別々に帰ろうかと思いましたが、一方では一人にさせてはいけないとも思いました。離れておきたいところですが、対局場は大阪。一緒に名古屋に向かう新幹線のホームでのことです。
ホームにいたはずの藤井がいない…
私がお茶を買いに行って戻ってくると先程までいた藤井の姿がありません。慌ててあたりを見渡すと、彼はホームの端で、出入りする新幹線を黙って見ていました。頭を冷やしてクールダウンさせている、そんな様子でした。
時間にすると10分ほどでしたが、やがてこちらへやってくると、発した言葉は、
「『詰将棋パラダイス』を持っていませんか」
私は少し驚いて、思わず彼の顔を見ました。
大逆転負けをした悔しさに満ち、いったん荒ぶったことはたしかでしょう。けれど、「こんな自分じゃだめだ、詰将棋から学び直しだ!」というふうにも見えませんでした。
それはただ純粋に「詰将棋を解きたい」と思ったから、といった風情でした。つまり、本当に自然に出た気分転換だったということです。あの状況で詰将棋を解きたくなる、ある意味天然の切り替え力、平常心を保つ強さの一端を垣間見た気がしました。
師匠がひっそり語りかけたアドバイス
残念ながら『詰将棋パラダイス』(詰将棋専門の月刊誌)を持ち合わせていなかった私は、コロナ禍のため新幹線でのおしゃべりも周囲を気にしながらでしたが、「あんまり気にすることもないよ」などと声をかけ、スマホアプリで他の対局などを見ながら約50分間、席を並べて帰ってきました。
この敗戦で、対豊島戦は6連敗となりましたが、次の対戦で1勝を返すと勢いに乗り、豊島さんから叡王と竜王を奪取しました。
今から思い起こすと、その時の悔しさとその天然の切り替えの力が、その後の快進撃に繫がる契機になったように思うのです。
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