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「藤井聡太の殺気が漂っていた」豊島将之に6連敗…”人生最大の逆転負け”の夜、藤井が新幹線ホームで師匠・杉本昌隆に聞いたこと
text by
杉本昌隆Masataka Sugimoto
photograph byTakuya Sugiyama
posted2023/10/13 06:02
対局中、感想戦でも落ち込むように考える姿を見せる藤井。中でも師匠が藤井に声をかけるのを憚られたほど「荒ぶった」一局があったという
勝負の世界では、有望な若手に対しては出だしに叩いて挫けさせ、苦手意識を植えつける、これが先輩棋士の鉄則とされています。
プロ野球の世界では、金田正一投手(当時)がデビューしたばかりの長嶋茂雄選手から四打席連続三振を奪ったのがその好例です。
豊島竜王はまさにそれを実践していました。
勝利目前→大逆転負けに、藤井は…
それに対して藤井はどう感じていたのでしょう。
最初は文字通り豊島竜王に歯が立ちませんでしたが、少しずつ実力が近づいている意識をもっていたと思います。
2020年の藤井は17歳11カ月で渡辺明棋聖(当時)を破り、史上最年少のタイトルホルダー記録を塗り替えました。さらに18歳の誕生日を迎えると、木村一基王位(当時)を破って二冠を手にして、棋士として大きな波に乗り掛かっていました。その藤井が王将戦挑戦者決定リーグで豊島竜王に挑んでいるのです。師匠として見逃すことのできない一戦でした。
当初、藤井がかなり優勢でした。ほとんど勝勢に近い状態です。藤井はいったん有利を奪ったら、ほとんど負けることはありません。この時も、もう本当に最後の勝ちまであと数手、豊島竜王から初めて勝利を得られるといった局面でした。
しかし、そこでミスを犯してしまったのです。
将棋の本質は「失敗が許されないゲーム」です。
野球の場合、もし8対0で勝っていて九回二死無走者だったら、サッカーの場合、5対0で勝っていて残り時間五分だったら……どう転んでも逆転負けは考えにくいでしょう。
しかし、将棋は違います。評価値が99対1でも、たった一手のミスで即座に1対99になってしまう、世界でも珍しいほどの恐ろしいゲームなのです。
この時の対局がまさにそれでした。
あれよという間に形勢は逆転し、結果、藤井は大敗を喫してしまいました。
たぶんそれまでの人生で最大の逆転負けです。
できればそっとしておきたい。一方で…
勝負を終え、対局室を出る藤井に目をやると、その後ろ姿が荒ぶっていました。それは私が声をかけるのも憚られるほど。彼にしては非常に珍しいことです。