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「藤井さんは毒を吸わないんです」永瀬拓矢王座31歳が語った自身の“毒”の正体…「変異種」覚醒の一戦を振り返る《藤井聡太、八冠まであと1勝》 

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高川武将

高川武将Takeyuki Takagawa

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posted2023/10/11 06:00

「藤井さんは毒を吸わないんです」永瀬拓矢王座31歳が語った自身の“毒”の正体…「変異種」覚醒の一戦を振り返る《藤井聡太、八冠まであと1勝》<Number Web> photograph by KYODO

2015年、電王戦FINALに挑んだ永瀬。その圧倒ぶりはいまでも語り草に

 活路はソフトの弱点を突いていくことだった。当時のソフトは20手先までしか読めない。複雑な局面に持ち込み、21手以上の長手数の詰みにすれば勝てる。ただそれはトップ棋士でも至難の業で、一手も間違えられない苦しい状況が続いた。永瀬がようやく仕掛けたのは70手目、1七歩。端攻めは研究から得ていた勝ちパターンの一つだった。好感触を得て俄然集中力が増した永瀬は6二に金を引く。「6二金・8二飛」は今でこそ進化したAIによって「いい形」とされるが、当時は悪形でソフトは読みにくい。この時点で永瀬はソフトを超えた。続く8一飛で金角交換を強要、まさに肉を切らせて骨を断つ勝負手で形勢逆転。その後、1六角の王手で検討陣もほぼ永瀬の勝ちと見ていた。だが次の一手に驚愕することになる。88手目、2七角不成。当然、角を成って玉を追い詰めるべきところで、彼は角を成らなかった。バグを突いたのだ。結果、王手を認識できなかったSeleneは自玉を放置して反則負けとなる。

 この場面、もし角を成っていても、永瀬は勝っていた。それでも、不成にしたことが観ている者に衝撃を与えた。「99%の勝ちを100%にした、恐ろしい勝負師魂。棋士仲間として震えあがっている」。局後、立会人の三浦弘行九段が吐いた言葉は全ての棋士の思いでもあったろう。

 相手の息の根を止める「冷たい勝ち方」。実は18手目に角不成にすることもできたが、永瀬はスルーしている。厳しい局面が続く中で、チャンスを窺っていたのだ。

「勝ちの局面でやらないと意味がないと思っていました。人間のほうが強いことを証明したい。その気持ちだけでしたね」

 永瀬は淡々と振り返った。

電王戦で変わった永瀬の”将棋観”

 この一局を契機に、永瀬はトップ棋士の道を駆け上がって行く。

 電王戦をきっかけに永瀬の将棋観が変わっていった、と鈴木は見ている。

「本来は対人型で相手との駆け引きに強いタイプです。終盤悪いときは最善手ではなく、相手が間違えそうな手を重ねていけばいいと、私も教えました。でも今は違う。最善手を指し続けることで勝機を見出す、どんなに苦しくても諦めずに手数を伸ばしていくのが逆転の近道だ、と」

 鈴木とVSを始めた頃の10代の永瀬には、プロとして決定的な欠点があった。相手が押してくると下がってしまう。それは、永瀬がプロになる以前、蒲田の道場でアマチュア強豪に鍛えられる中で身についた癖だった。プロの将棋は一度下がると前に出られない。一定の距離を保つ必要がある。

「相手が駒を取りに来たらひるまずに前に出ろ」

 鈴木は事あるごとにそう言ったという。

「終盤勝ちが見えても、詰ましにいかずにとにかく駒を取る。普通はプロになって徐々になくなっていくもの。駒を取るより詰ましにいくほうが安全ですから。受け将棋は棋風だから変えなくていい、でも鋭さがあってこそ活きてくる。今は踏み込みも最終盤の詰みも鋭くなった。私とVSをやる中でプロの基礎体力を身につけて、離れたこの5年でさらに洗練されてきましたね」

【次ページ】 今後も現れないんじゃないですか、自分のような変異種は(笑)。

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