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「藤井さんは毒を吸わないんです」永瀬拓矢王座31歳が語った自身の“毒”の正体…「変異種」覚醒の一戦を振り返る《藤井聡太、八冠まであと1勝》
text by
高川武将Takeyuki Takagawa
photograph byKYODO
posted2023/10/11 06:00
2015年、電王戦FINALに挑んだ永瀬。その圧倒ぶりはいまでも語り草に
だが、ちょうど1年前に永瀬にインタビューした折、彼はその癖をトップ棋士に通用しない「毒」と言い、「抜こうとしても抜ききれない」と半ば自虐的に話していた。
鈴木は「う~ん」と唸ってから言った。
「一度ついてしまった癖を抜くのは難しいんです。彼の生まれ持った根性、マグマのように奥底にあるもので、いい部分でもあるんですよ。ひと昔前だったら人気を得る将棋です。ただ、今は短所があるとトップでは勝てない時代になっているので……」
今後も現れないんじゃないですか、自分のような変異種は(笑)。
――最近、毒は出てないですか。
「いや、それが出ちゃって……サントリー杯(将棋オールスター東西対抗戦。'21年12月26日、対古賀悠聖四段)なんですけど、もう、どうしようって(笑)」
そう言って大笑いすると、永瀬は何かが弾けるように話し始めた。
「6八桂という手なんですけど、超早指し(一手30秒)だったんですよ。時間がないから本能で指しちゃって。またか! と。ソフト的には悪い手じゃないんですけど、無くそうと思ってやっているので出てしまうのはよくないんです。要反省でした」
「自分は棋士の中で変異種なんです。アマ最強という感じでプロ入りしたトップ棋士は他にいない。毒を持っていたら普通はプロで成功しないので。今後も現れないんじゃないですか、変異種は(笑)」
「毒、抜きたいですねぇ。以前は、例えば実力のレベルが100あるうち毒が30あるとしたら、毒を抜いたら全体のレベルが下がっちゃう面はあったんですよ。でも、ここまで来たら、もう要らない。ただ、抜くのは本当に大変な茨の道で。誰かに伝染さなきゃいけないんですよ」
そう聞いて、'20年の豊島九段の挑戦を受けた叡王戦を思い出した。1千日手、2持将棋を含む実質「十番勝負」の長い死闘。最終2局を落とし防衛に失敗したが、途中、鋭い切れが持ち味の豊島が永瀬の「毒」のような手を指す場面が何度かあった。「永瀬さんの将棋には人を狂わせるところがある」と言ったのは久保利明九段だった。
「伝染ったんじゃないですか。毒は伝染るんです。いいものじゃないけど(笑)。普通、毒はいいところには付いてないんですよ。でも自分の場合は、いいところに毒が付いちゃってる。豊島さんがそのいいところを吸おうとした結果、毒も一緒に吸っちゃって伝染したと考えるのが自然かな、と」
ただ、毒を吸わない男が一人いる。
「藤井さんは吸わないんです。凄いですね」