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「子どもたちには申し訳ないことを」テレビ密着取材を受けた“少年野球カリスマ”が戦術を口にしなかった理由「相手を傷つけたくないですから」
text by
間淳Jun Aida
photograph byJun Aida
posted2023/10/04 11:02
辻正人監督が率いる「多賀少年野球クラブ」は野球界の常識を覆しながら強くなろうと奮闘している
「全国大会に出場したり、日本一になったりすれば子どもたちの一生の思い出になります。チームをPRするために勝利を目指すのではなく、選手を育成することで勝手にチームが強くなってPRになるという考え方です。勝つことに意味があるとするならば、このチームを存続させるためのPRが一番大きいと思います」
多賀少年野球クラブの現状を知っている人からすると、「チームの存続」という言葉に違和感を覚えるだろう。野球の競技人口が減少する中、選手の数は年々増加し、現在は年少の園児から小学6年生まで約120人が所属している。滋賀県外からも人が集まるほどの人気があり、簡単に消滅するとは思えない。
それでも、取材を受けてチームの情報を発信し、選手を増やす取り組みを辞めない理由がある。
「人が集まってくることが、ものすごくうれしいんです。色んな出会いを通じて、私の頭の中で化学反応が起こります。新しい知識や考えを生むのは、新しくチームに入ってくる選手や保護者との出会いです」
「入りやすく、辞めやすいチーム」
少年野球への固定概念がない平成、令和世代の親子と接すると、新しい指導法や練習法が見えてくるという。辻監督は今の子どもたちを見て、5年後、10年後のチームの在り方や指導法を想像している。仮に園児で入団した子どもが小学生になるタイミングでチームを離れたとしても、引き留めたり、悲観的になったりしない。辞めた原因を知り、改善・工夫すれば園児から小学6年生まで野球を続ける方法が見つかると捉えている。知識やチームの運営法を更新するには、人を循環させる仕組みが必要なのだ。
辻監督は「入りやすく、辞めやすいチーム」を掲げている。実際にチームを離れる選手はほとんどいないが、過去には小学5、6年生でレギュラーを外れると出場機会や成功体験を求めて移籍する選手がいた。その後、高学年のチームをレギュラー組のA1と控え組のA2の2つに分け、どちらも同じ練習と練習試合をこなす方針に変更した。
控え選手の出場機会が限られるのは全国大会を目指す戦いのみ。レギュラーになれなくても実戦経験を豊富に重ねられるところにメリットを感じ、チームを離れる選手はいなくなった。一見、マイナスと捉えがちな選手の移籍を新しい仕組みづくりに生かした。
その選手が放送を見たら傷つくかもしれません
Noと言わない辻監督は今夏、新たなハードルを自分に課した。ドキュメンタリー番組の密着取材である。