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「子どもたちには申し訳ないことを」テレビ密着取材を受けた“少年野球カリスマ”が戦術を口にしなかった理由「相手を傷つけたくないですから」

posted2023/10/04 11:02

 
「子どもたちには申し訳ないことを」テレビ密着取材を受けた“少年野球カリスマ”が戦術を口にしなかった理由「相手を傷つけたくないですから」<Number Web> photograph by Jun Aida

辻正人監督が率いる「多賀少年野球クラブ」は野球界の常識を覆しながら強くなろうと奮闘している

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間淳

間淳Jun Aida

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Jun Aida

「野球離れ」が叫ばれる昨今にあって、部員が急増する“楽しい野球”を追求し、大会でも三度の日本一と結果を残している「多賀少年野球クラブ」を率いる辻正人監督に話を聞いた《全3回の3回目/#1#2からつづく》

 少年野球のカリスマは自分に課したルールがある。Noと言わない――。滋賀県にある多賀少年野球クラブを率いる辻正人監督の名前は今、少年野球界を超えて知られている。練習見学や取材依頼が殺到する中、自らスケジュールを管理して決して依頼を断らない。

「全てに対してYesで応えたら、どうなるのかなと思って、断らないようにしています。人ができない経験をすることで得られるものはありますから」

 いたずらっぽく笑う表情は、あえて自分に設けたハードルを楽しんでいるように見える。平日は朝から夕方まで仕事をして、土日祝日は少年野球の指導。忙しい生活の中で自分の時間を削って、取材対応の時間を捻出している。

少年野球の指導者は基本的にボランティア

 辻監督は多賀少年野球クラブを立ち上げて、今年で35年を迎えた。チームは全国大会の常連で、今までに日本一を3度成し遂げている。楽天・則本昂大投手の出身チームとしても知られ、多数の甲子園球児も輩出している。

 辻監督がメディアから次々と声がかかる理由は、強いチームをつくっているからだけではない。怒声罵声を全面的に禁止して、楽しさと強さを両立する指導。さらには、子どもたちの考える力や自主性を育て、監督やコーチが一切サインを出さない「ノーサイン=脳サイン野球」を可能にしているチームづくりが関心を集めている。

 練習の視察には野球はもちろん、他のスポーツの指導者や会社経営者も訪れている。人材育成は、あらゆる分野で必要な要素なのだ。

 辻監督の親交のある少年野球の指導者たちは、辻監督の常識を覆す指導法や練習法に感嘆の声を漏らす。そして、全国大会常連の監督の1人は、こう話す。

「辻さんもそうですが、少年野球の指導者は基本的にボランティアです。チームの知名度が上がったり、選手の数が増えたりしても儲かるわけではありません。メリットがない、むしろデメリットしかないのに、なぜ、あんなに丁寧に取材に応じられるのかが一番の驚きで、辻さんを尊敬している部分でもあります」

 多賀少年野球クラブの月謝は1人2000円(園児~小学1年生は1000円)と、一般的な少年野球チームより安い。集めたお金はチームに必要な野球用品の購入などにあてている。人数が増えても、辻監督の懐が潤うわけではない。

取材に応じるデメリットは何もないですね

 取材は大半が無償。時間を取られることに加えて、どんな発言をしてもアンチが出てくる。実際、辻監督に関する報道にも批判的なコメントはある。「デメリットしかない」という指摘は、もっともなのだ。

 辻監督は取材を受けるデメリットを感じていないのか。直接問うと、腕を組んで考え始めた。5秒、10秒、15秒と沈黙が続き、笑顔で口を開く。

【次ページ】 チームを長く継承させるためには勝つ必要が

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辻正人
多賀少年野球クラブ

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