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「怒声は禁止」「絶対無理と酷評されたノーサインで日本一」慶応・仙台育英と共通する“55歳の少年野球改革者”「本来は当たり前の指導だと」
posted2023/10/04 11:00
text by
間淳Jun Aida
photograph by
Jun Aida
現在の少年野球界で最も有名な指導者と言って異論はないだろう。人口7500人ほどの小さな町、滋賀県多賀町にある多賀少年野球クラブを率いる辻正人監督。夏の甲子園決勝を翌日に控えた8月22日、辻監督は決勝のカードに新しい高校野球の幕開けを期待していた。
慶応・仙台育英と重なる指導を少年野球の現場で
「いいチームが決勝に上がってきましたね」
決勝に駒を進めた慶応の森林貴彦監督と仙台育英の須江航監督の2人は、高校野球の常識に捉われない指導でチームを強化している。両監督が選手の育成で重点を置くのは「考える力」。監督は絶対の存在で選手が従うだけの主従関係や野球の技術だけを磨く方針とは一線を画す。昨夏にチームを頂点に導いた須江監督と今夏に優勝を果たした森林監督の発言は、高校野球のイメージを覆してきた。
そして、この2人の考え方や方針と重なる指導を少年野球の現場で実践しているのが辻監督だ。
毎年のように全国大会に出場し、全国から約1万チームが参加する“小学生の甲子園”とも呼ばれる高円宮賜杯全日本学童軟式野球大会で2度の優勝を成し遂げている。辻監督は「世界一楽しく! 世界一強く!」をモットーに掲げ、少年野球の常識を次々と覆してきた。指導者による怒声罵声を全面的に禁止し、選手が楽しんで自ら練習する工夫を凝らしている。
強さと楽しさを両立するチーム方針は口コミを中心に評判が広がり、今では年少の園児から小学6年生まで所属選手が120人を超える。多賀町外だけではなく、滋賀県外から通う選手も珍しくない。深刻な競技人口減少で合併や解散を余儀なくされる少年野球チームが多い中、選手が増加する異例のチームとなっている。
中でも、少年野球界を驚かせているのが、10年以上続けている「ノーサイン=脳サイン野球」。辻監督やコーチ陣が一切のサインを出さず、選手同士のサインやアイコンタクトで試合を進める。
大人からの指示、命令を受けない野球
辻監督が語る。
「野球が上手いからと言って何の役に立つのですか? プロになるのはごくわずかで、大半の選手はどこかのタイミングで野球を辞めます。大切なのは、上手くなるために何が必要なのか、何が足りないのか、他者との違いや自分の強みは何なのかを自分自身で見極めてプレーし、野球を終えた時に何が残っているかです。子どもは単なる楽しさから深い楽しさを自らで見つけ、考えて行ける力を育てていく。そんな形を指導者が提供することが、本来のスポーツの役割だと信じてなりません」
誤解されがちだが、ノーサインは選手が好き勝手に打つわけではない。