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「藤井聡太さんも羽生善治さんも大天才」「純粋に将棋を楽しんでいる」“2人の共通点と違い”をNHK担当Dが語る「AIについては…」
text by
茂野聡士Satoshi Shigeno
photograph byNHK
posted2023/06/01 11:03
王将戦で初タイトル戦を戦った藤井聡太王将(右)と羽生善治九段。番組制作者の目にはどう映ったか
なお、コンピューター将棋と米長邦雄永世棋聖が戦う「第1回電王戦」が実施されたのは2012年のこと。そこから10年の時を経て、2人の天才棋士が繰り広げた戦いは、将棋とAIが向き合ってきた期間によって熟した果実だったのかもしれない。
「羽生さんは経験を持って…」と質問すると
「今と昔の棋士と、どちらが強いかという比較はナンセンスかと思いますが、たぶん、確実に今の方が生存競争は厳しいだろうなと感じています」
このように話すのは本番組の制作統括を務めたNHKエンタープライズのエグゼクティブプロデューサーの小堺正記氏だ。自身も将棋愛好家であり、長年にわたって番組制作者として羽生と向き合ってきた。その積み重ねを見ていたゆえ、王将戦後に行われたインタビューで羽生にこう話を振った。
「羽生さんは経験を持って戦おうとしたんですね」
しかし羽生の口からは、想定外の答えが返ってきたのだという。
〈いやいやAIは、人間が50年もあっという間に超えて、とてつもない数の対局を自動学習をやっているわけじゃないですか。だから人間の研究が生きないとは言わないけれど……〉
小堺は以前から人工知能をテーマにした取材も続けている。それゆえ羽生の言葉に、時代性についても考えさせられることがあった。
「AIの登場によって過去の経験が生きるか生きないかという選択肢が狭まっている中で、どう生きて、戦っていくのか。それは将棋に限らず色々な世界――僕たちのようなテレビを制作する人間も含めて、誰もが関わることです。この2人の対決を語る上で、一つ大きなテーマかなと感じていました」
羽生が語った〈そういう感じです。分かります?〉
だからこそ、羽生の語った以下の言葉が強く響いてきた。
〈自分自身の個性とかオリジナリティーを求めていくやり方を突き詰める。遊びの部分というか、ゆらぎの部分をどのぐらい見極めて新しい可能性を探っていくかということですね〉
田嶋はこのように解釈する。
「AIを取り入れつつも、人間のなんというか……柔らかい発想を可能性として提示して、それを勝利に結びつけた。もしかしたら藤井さんも、羽生さんのそういった側面から何かを感じ取っていたから、感想戦で楽しそうな表情を浮かべたのかもしれません。そういったことを含めて、王将戦での2人は純粋に将棋を楽しんでいたんでしょうね」
将棋ファンだけでなく、世間的にも大きな注目を集めた王将戦は第6局で決着した。チャンピオンベルトを肩に、ボクシンググローブを天にかざす藤井の「勝者の記念撮影」を見た人も多いだろう。
では、藤井との戦いを終えた羽生は、この戦いをどう感じていたのだろうか。