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「藤井聡太さんも羽生善治さんも大天才」「純粋に将棋を楽しんでいる」“2人の共通点と違い”をNHK担当Dが語る「AIについては…」
text by
茂野聡士Satoshi Shigeno
photograph byNHK
posted2023/06/01 11:03
王将戦で初タイトル戦を戦った藤井聡太王将(右)と羽生善治九段。番組制作者の目にはどう映ったか
藤井が第3局を快勝し、2勝1敗で迎えた本局は角換わり腰掛け銀で進む中で――羽生は1日目の15時35分、65手目に「▲5二桂成」という手を指した。この手に対して藤井は、2時間24分もの長考の末、封じ手にまで至った。この時点で検討室や対局中継の棋士は「△5二同銀」という手を有力だとしていたそうだ。しかし……考えに考えた藤井が封じ手で示したのは「△5二同玉」だった。
「封じ手の場面で藤井さんが攻めるか守るか迷って、守りの手を選んだ。そこで羽生さんの手を見切れなかった――想像する以上に厳しかったのでしょうね」
そこから羽生は一気呵成に攻め立て、107手で藤井が投了した。対局中継で表示されていた評価値は、2日目に“羽生優位”を示し続けていた。長時間の対局になるほど、徐々に藤井優位に評価値が動く〈藤井曲線〉を見慣れたファンにとって衝撃の展開だったが、田嶋も「なかなかない負けパターンでした」と驚きを隠せないほどだった。
羽生マジックを許さなかったのも、さすがだった
第5局でも藤井と羽生の非凡さに驚かされた。この一局は羽生が王将戦挑戦者決定リーグ戦で切り札とした「後手横歩取り」の戦法を選択したものの、藤井らしい正確無比な指し回しによって「普通だったら藤井曲線が描かれるような流れ」で進んだ。
「そこから、羽生さんが駒を埋めていって“怪しい粘り方”をして、急所を捉えさせない戦い方を選択したんです。評価値でもあわや逆転、というところまでいったので、もしそのまま羽生さんが勝っていたら、いわゆる“羽生マジック”と言われて勢力図も変わっていたのかもしれません。でも、極めて逆転負けが少ない藤井さんがそこで踏みとどまり、羽生マジックを許さなかったのも、さすがという……」
2人の将棋観に考える、AIとの向き合い方とは
田嶋は2人の違いについて、AIとの向き合い方という点でも感じ入ることがあった。
「現在の将棋界は、つかみどころがないAIというものを、うまく吸収できた人がどんどん強くなっているように感じます。最初はたぶん“なんでこんな将棋を指すんだろう?”と全く理解できないんだけど、毎日毎日研究を積み重ねていく。そうすることで“理解する”というよりも、だんだん“頭と体が慣れていっている”のではないでしょうか。たぶん、いちばんそのコツをつかんでいる、AIの感覚をマスターしつつあるのが藤井さんだと思うんですよね。
一方で、羽生さんは少しアプローチの仕方が違って、AIが指し示していることをすべて吸収しようとするのではなく、何というか〈そういう考え方もあるよね〉と参考にしているくらいの距離感だと思うんです。そういった2人が対局した結果、このような名勝負を生み出したのかもしれません」