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「昔の羽生(善治)さんが戻ってきた」“藤井聡太との王将戦名局”番組Dが語る制作ウラ話「WBCあったので、野球のたとえでいいですか?」
posted2023/06/01 11:02
text by
茂野聡士Satoshi Shigeno
photograph by
NHK
将棋で驚かされるのは、「言語化と一般化」が非常に巧みな人物が多いことだ。取材時の「文字起こし」と言われる文章を見返してみると、棋士の話し言葉をそのまま書き言葉にしても何ら違和感のないケースが多いし、いわゆる「たとえ話」も納得感があるものばかりである。それは頭脳の中で一手一手の根拠を考え、感想戦を含めて自らの意図を説明する日々を送っているからこそだろう。
時おり目にする“テニスでのたとえ話”
その象徴的存在と言えるのが、羽生善治九段である。書籍などを読むと、興味の対象分野は非常に幅広い。AIに医療、生物学、映画、企業経営……さらにスポーツもその1つである。1995年の『Number』のインタビューでは、こんなことを語っている。
〈テニスってトータルのゲームポイントで勝っても、試合は負けることがありますよね。で、サービスゲームを交互にやっていくとか、シングルスの場合、ひとりで流れを変えることに努力したりとか、そういうところが、すごく似てるし役に立ちますね〉
テニスのたとえだが――20年以上の時を経て、NHKの特集番組でも話していた。
〈テニスで言うと、一番難しいコースに打たれて返せた時が一番うれしいわけじゃないですか。簡単に返せるコースだったら簡単に返せちゃうから、あんまり楽しくなくて……ギリギリのところを打ち返せるから楽しいわけです〉
4月に放映された『NHKスペシャル 羽生善治 52歳の格闘 ~藤井聡太との七番勝負~』担当ディレクターの田嶋尉氏は、インタビューの空間をこんな風に回想する。
「2018年、羽生さんが竜王位を持っていた時に豊島将之九段、佐藤天彦九段とのダブルタイトル戦に挑まれていました。おふたりが伸びているときで、『AIで研究している若手棋士との対戦はとても大変ではないですか?』と聞いた際に、テニスのラリーのたとえ話が返ってきたんです。『そんな考え方をしている人がいるのか』と、すごく衝撃を受けたんですが、そこから5年を経って……」
羽生さんはスポーツを自分の勝負事と結び付けている
対局相手となったのは、藤井聡太王将である。豊島や佐藤よりさらに一回り若く、年齢にして32歳差である。番組の制作統括を務めた小堺正記氏もこう話す。
「羽生さん、凄くスポーツ観戦がお好きですよね。今回、WBCで来るとは思っていなかったんですが……バックグラウンドにある教養、引き出しが非常に多い方ですからね。彼自身も、どこに将棋と共通点があるか? という目で見ていると言っていましたからね。テニスと将棋で言えば、サーブ権を持った方が先手、レシーブする側が後手と言える。そこで勝負の流れを見て、どこに打球や一手を狙うかという予測を立てる。そういう観点でスポーツを楽しみつつ、自分の勝負事と何かしら結び付けているのだと感じます」