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大相撲PRESSBACK NUMBER
「『千代の富士引退』ってテロップがサザエさんのおでこに」まさかの速報に本人も仰天…千代の富士“伝説の引退会見”はこうして生まれた
text by
荒井太郎Taro Arai
photograph byJIJI PRESS
posted2023/04/02 17:11
1991年5月14日、引退会見で涙を浮かべる千代の富士。「体力の限界! 気力もなくなり…」という“名言”はいかにして生まれたのか
世紀の対決を一目見ようと当日券を求める長蛇の列が、両国国技館正面からJR両国駅の向こうまで続いた。果たして、日本中が注視した一番は、18歳9カ月の若武者が果敢に攻め立て大横綱を寄り切って史上最年少金星を獲得。その瞬間、館内には無数の座布団が乱舞し、歓声が轟いた。
かつての国民的横綱は20余年を経て、あの歴史的一番をこう振り返った。
「思った以上に手応えはあったよね。18歳という自分の半分くらいの年齢の力士にまだまだと思っていたら、これは俺の後に頑張ってくれそうな力士が現れたなと。そんな感じは受けたよ」
「『引退』ってテロップがサザエさんのおでこに」
ただし、その日に「引退」の2文字が頭に浮かぶことはなかった。正確に言えば、決心がつくまである程度の猶予が必要だったのかもしれない。初日黒星の後、2日目の板井戦に勝利して迎えた翌日のことだった。
「かみさんに『今日、負けたら辞めるよ』ってポロっと出たんだよね。『えっ!?』みたいな感じだったけど、そんな気持ちでいったら負けたよね」
3日目、小結貴闘力のとったりの奇襲にあっけなく屈すると、踏ん切りがついた。取組後の囲み取材では平静を装っていたが、部屋に帰ると師匠(元横綱北の富士)には「引退します」と自ら切り出した。
「悔いはないか」
「全くありません」
「わかった。じゃあ、明日、発表しよう」
師匠との短いながらも重大なやり取りを済まして自宅に戻ると、腰を抜かすほど驚かされることになる。
「明日だと思っていたら、『千代の富士引退』っていうテロップがサザエさんのおでこに流れたんだから。びっくりしたってもんじゃないよ(笑)」