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仙台育英「9回2アウトから同点」…あの4番打者はなぜあれほど落ち着いていたのか? センバツ打率「5割3分8厘」斎藤陽とは
text by
田口元義Genki Taguchi
photograph byKYODO
posted2023/03/31 06:00
逆転サヨナラで敗れた仙台育英。しかし4番・斎藤陽の表情は悔しさよりも充足感が勝っているようだった
あの時も、初球を強く、鋭く振った。
2021年。センバツでベスト8の成績が示すようにチームの完成度が高く、夏も4大会連続での甲子園は固いとされていたなか、宮城大会4回戦で仙台商に2-3で敗れた。
この試合で最後のバッターとなったのが、当時1年生の斎藤である。入学当初から監督の須江航に「バットを振る力がある」と見込まれ、夏は5番を任された。仙台商との試合でも2安打を放っていたように、初球から積極的にバットを振り抜くスタイルは、斎藤にとってすでに備わっている長所でもあったのだ。
「お前は悪くないからな」
引退する3年生から背中を押されることで、斎藤は自分の持ち味を失わずに済んだ。
「1年の夏に負けた時は悔しい想いしかなかったんですけど、ああいう試合に出させていただいたり、先輩たちに支えてもらった経験は大きかったです。打てなかったり、エラーしたりしても『背負いすぎないように』って思えるようになりましたし、『もう、あんな想いをしたくない!』って妥協しないで練習に打ち込めるようにもなりました」
あの“落ち着き”はなぜ?
1年の秋になると、斎藤は打線の軸となった。打順は主に4番。得点源を期待されてはいるが、打席では「自分が決める」より「後ろのバッターに繋ぐ」といった、「4番目のバッター」の意識だ。東北勢初の日本一となった昨年夏の甲子園で、打率2割6分3厘ながら5試合中4試合で4番を任されたのは、ヒットだけではなく意識的に右方向にゴロを打ち、セカンドランナーを三塁へ進塁させるような、繋ぎのバッティングが高い精度で体現できていたからだった。
1年から重責を担い、経験を積み、結果を出す。濃密な道を歩む斎藤だからこそ、打席での自分と向き合えるようになっていく。
あれは、昨秋の明治神宮大会だった。
9回表終了時点で0-4と、敗色濃厚だった沖縄尚学戦。その裏に仙台育英が猛追して同点とし、なおも1アウト二塁とサヨナラの絶好機で打席が巡ってきた斎藤は、ふと思った。
「ここで打てないと、死ぬ……」
それまで4打数ノーヒット。俯き加減だったという斎藤が、須江のひと言で我に返る。
「顔、暗いぞ」
何気ない耳打ち。ただ、斎藤にとっては「4番目のバッターくらいの気持ちでいいんだ」と、常に肩の力を抜いてくれている監督の言葉は重要な啓示でもある。
このチャンスでセンター前にはじき返し、チームのサヨナラを演出した斎藤は言った。