野球クロスロードBACK NUMBER
仙台育英「9回2アウトから同点」…あの4番打者はなぜあれほど落ち着いていたのか? センバツ打率「5割3分8厘」斎藤陽とは
posted2023/03/31 06:00
text by
田口元義Genki Taguchi
photograph by
KYODO
仙台育英の4番バッター、斎藤陽は、ネクストバッターズサークルで高い照度のカクテル光線が放たれた甲子園の夜空へ即座に視線を移し、落胆した。
9回表、スコアは1-3。報徳学園とのセンバツ準々決勝はクライマックスを迎えようとしていた。2アウト一塁から代打の永田一心の打球が舞い上がる。飛距離は浅く、相手のセンターが小走りで前進しながらグラブを構えようとしていた。
甲子園の魔物。
人は現象をそう喩える。ゲームセットかと誰もが疑うことなく見届けようとした刹那、打球がセンターのグラブをいたずらにすり抜け、芝生にポトリと着地した。2アウトのためホームへとダイヤモンドを一周していたファーストランナーが生還し、仙台育英は首の皮一枚繋がったのである。
9回2アウトの打席で…
なおも2アウト二塁。同点のチャンス。
打席に向かう斎藤に緊張はなかった。あったのはただひとつ、積極性。
「初球から振っていこうと思っていました。自分の場合、バットを振れなくなったら終わりですし、それができないとしんどくなるというか。相手ピッチャーだってきついと思っていたんで、強気になっていこうと」
打席で覚悟を決めた斎藤に、笑みがこぼれた。大きく息を吐き、呼吸を整える。
初球。報徳学園のピッチャー、今朝丸裕喜のストレートを強振する。ファウル。打席を外した斎藤が手応えを覚える。
「これはいけそうだ」
自分の持ち味である強く、鋭いスイングができていると判断した斎藤が、より強気の姿勢でバットを構える。そして2球目。コースに逆らわずに外角フォークを捉えた打球がレフトへ放たれる。二塁ランナーの代走、登藤海優史がトップスピードでホームインし、仙台育英が土壇場で追いついた。
1年時から出場の斎藤陽
試合はノーアウト一、二塁から開始されるタイブレークとなった延長10回表に勝ち越しながら、その裏に逆転されサヨナラで敗れた。しかし、4番の働きを果たし、仙台育英の灯が消えていないことをバットで証明した斎藤の試合後の表情は、悔しさよりも充足感が勝っているようだった。
「試合を通じて攻めの気持ちで打席に立てたのはよかったですし、いつものいい時のバッティングができました。この経験は夏の糧になると思います」
このセンバツ。特に報徳学園戦で同点打を放った打席は、斎藤のこれまでの歩みが凝縮されたような、そんな重みがあった。