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前田日明「殺されても仕方がないのが真剣勝負」ヴォルク・ハン、“ソ連軍隊格闘術の使い手”だった男はなぜプロのリングで輝いたか? 

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堀江ガンツ

堀江ガンツGantz Horie

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photograph bySusumu Nagao

posted2023/03/31 11:02

前田日明「殺されても仕方がないのが真剣勝負」ヴォルク・ハン、“ソ連軍隊格闘術の使い手”だった男はなぜプロのリングで輝いたか?<Number Web> photograph by Susumu Nagao

前田日明に発掘され、1991年にリングスデビューを飾ったヴォルク・ハンは“ダゲスタン出身のサンビスト”の先駆けだった

ソ連軍の“軍隊格闘術の使い手”がプロのリングに上がるまで

前田 当時はソ連軍全体に問題があってさ。なぜかって言うと、ペレストロイカの失敗で経済が破壊されていて、軍人の給料や毎日支給する食料も滞るようになっていたので、国を極秘に抜け出して高額なギャラを稼げる欧米の軍事セキュリティみたいなところに行く奴がいっぱいいたんだよ。

――軍人、人材の国外流出が問題になっていた、と。

前田 それで将軍を説得するとき「コマンドサンボをプロ化させてやったら、戦闘訓練の技術向上にもなるし、選手も逃げ出しませんよ」って、説明したんだよ。でも、彼らはペレストロイカが終わったばかりで、資本主義とかビジネスのことがまったくわからなかった。

――それまでは、そういう概念がなかったわけですもんね。

前田 なので日本から来た俺にそう言われたら、「そうかな?」って思っちゃうような感じだったんだよね。で、なんで俺にそんな説得力があったかと言うと、そのとき一緒に(リングス・ロシア代表の)パコージンがいたからだよ。ソ連邦国家スポーツ省事務次官のウラジミール・パコージンが連れてきた人間だから大丈夫だっていうのがあったんだよね。

――なるほど。そうやってソ連軍の軍隊格闘術の使い手がプロのリングに上がるっていう画期的なことが実現したんですね。

ハンを育てた“ヌルマゴメドフの親父”

前田 あの頃のソ連軍、その後のロシア軍には、ハンを先駆けとしてとんでもないのがいっぱいいたんですよ。バケモノみたいなのが。「あっ、コイツは誰も勝てない。みんな壊されるだけだろうな」っていう戦場技術の塊のような奴。たぶん目にしないと誰も理解できないでしょう。

――でも、今のロシア勢の活躍を見るとそれもなんとなくわかりますね。

前田 ハンの生まれ故郷のダゲスタンってのはイスラム教徒がほとんどなんだよね。それでハンのお父さんは、村でイスラム教の指導者のような立場の人だったんだよ。それでハンがリングスで俺とやって最初にもらったギャラをダゲスタンに持って帰って、お父さんがやってる寺院の建て直しに使ってね。ハンはそのイスラム人脈を使って、いまは石油ビジネスをやっていて、ふたり目の奥さんとスイスの大豪邸に住んでるよ。

――日本でプロになったことがきっかけで、人生が開けていったわけですね。前田さんは、ダゲスタンに行ったことはあるんですか?

前田 あるよ。ハンと一緒に彼の生まれ故郷の村にも行ったよ。その時に俺、(ハビブ・)ヌルマゴメドフの親父にも会ってるよ。

――えっ、そうなんですか? 

前田 だからヌルマゴメドフがこんなちっちゃい時にも会ってるよ。なんでかって言ったら、ハンがサンボの全ソ連で優勝したときにヌルマゴメドフの親父がコーチだったんだよ。

――ハビブの父、アブドゥルマナブ・ヌルマゴメドフは息子や現UFCライト級王者イスラム・マカチェフを幼少の頃から鍛えた、サンボとレスリングのコーチとして知られてますけど、ハンのコーチもしてたんですか!

前田 ハンがアマチュアのときにね。だからつながりがあったんだよ。

――そう考えると、すごい大河ドラマですね。

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