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〈将棋の反則負け・ポカの背景〉“小2の藤井聡太くん”や大山康晴、米長邦雄も経験…羽生善治が大一番で味わった“大逆転負け”とは
text by
田丸昇Noboru Tamaru
photograph byJIJI PRESS
posted2023/01/24 11:01
羽生善治九段と藤井聡太五冠の王将戦で盛り上がる将棋界。その一方で誰もが衝撃を受ける反則負けなどが起きたことも(代表撮影)
第7図は、2001年の竜王戦挑戦者決定戦第1局・羽生善治四冠と木村一基五段の対局での終盤の部分局面である。
すでに敗勢の木村が形作りに指した△5六銀の王手に、羽生は▲6四玉と逃げたので、△6五飛と打たれて何と1手詰めの頓死となった。▲7六玉と逃げればまったく詰まず、木村は投了しただろう。
輝かしい羽生の将棋人生で、唯一の大ポカによる敗戦とハプニングだった。後日の感想によると、△6五飛は指されるまでまったく気づかなかったという。
難解な将棋がやっと勝ち筋になった安堵感や、玉は上部に行けば安全という経験値が、重大な空白をもたらしたのだろう。こんな大ポカで逆転負けすれば、普通は立ち直れないものだ。しかし、さすがは羽生で、第2局と第3局で木村に連勝し、藤井猛竜王への挑戦権を得た。
「先手・後手勘違い」「二手指し」も稀にあった
2022年12月のB級1組順位戦・千田翔太七段と近藤誠也七段の対局で、1手も指さずに反則負けになる珍事が起きた。後手番に決まっていた千田が、初手に▲2六歩と指してしまったのだ。
対局前から先手番と思い込み、研究を重ねてきたという。順位戦の対局での先手・後手は4月の抽選時に決まり、各棋士に対戦表が送付される。それを見誤ったか、勘違いをしたようだ。
また、近年は奨励会員が務める記録係の人手が不足がちなことから、順位戦では対局開始から夕食休憩まで、1人の記録係が2局分を担当する(夕食休憩以降は2人)。そのためか、記録係が開始時に先手番の2人の対局者に続けて伝えたとき、千田は聞き流してしまったようだ。
このような先手・後手の勘違いによる反則負けは稀にあった。
藤井五冠は対局開始にあたって、「初手・お茶」を決め事にしている。お茶を飲んで精神を落ち着かせるとともに、万一の誤りを防ぐ意味もあるようだ。
対局中に手番を勘違いし、続けて指す「二手指し」の反則負けも稀にあった。指し手があまり進んでいない序盤の局面だと、うっかりしやすい。米長邦雄永世棋聖は序盤で、▲4八銀の次に思わず▲5七銀と指してしまった。
関東と関西の棋士の対局では、一方の棋士が東京の将棋会館か大阪の関西将棋会館に移動して行う。その対局場所は、2週間前までに届く対局通知に記される。しかし、一方の棋士が移動せずに不戦敗となった例が稀にあった。前述の千田と同様に、思い込みによる勘違いだった。
私こと田丸昇九段は、45年間にわたる現役棋士生活で、反則負け(反則勝ちも)は一度もなかった。ただし、反則に限りなく近い悪手やポカで負けたことは数多くあった。
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