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アントニオ猪木vsモハメド・アリは「世紀の茶番劇」だったのか? 酷評の裏で芽生えた“不思議な友情”「アリは俺と2人だけの時は…」
text by
原悦生Essei Hara
photograph byEssei Hara
posted2022/04/21 17:02
「アリは俺と2人だけになった時は喋るよ」
だが、猪木とアリの不思議な友情は確かに存在した。
この後、猪木は「アリ・ボンバイエ」をもらい、「イノキ・ボンバイエ」として入場曲に使った。アリの結婚式にも招待されたし、アリがパーキンソン病を患って、かなり体調が悪くなってからも2人の友情は続いた。
アリは猪木の姿を見ると、いつでもスッと腕を上げ、拳を握ってボクシングのポーズを取った。やがてパーキンソン病が進んだアリが人前で喋る場面はなくなったが、猪木は「アリは俺と2人だけになった時は喋るよ」と言っていた。
猪木からは、こんな言葉も聞いた。
「リングは孤独な世界だから。勝負そのものもそうだけれども、戦いのプロデュースから演出まで全部自分で背負わなくてはならない。でも、それをやれる人間というのは、そうはいない。アリは、それをやれる男だった」
猪木が政治家に転身した後、1990年のイラクではすれ違いになってしまったが、アリも人質解放のためにバグダッドを訪れていた。猪木とアリ、それぞれの世界観は違っても考えることには共通点があった。
「バグダッドでアリと会いたかったなあ」
イラクの邦人人質解放という大仕事を終えた後、猪木の口からはそんな言葉が出た。
この人質解放については別章で詳しく触れるが、イラクに向かう途中、ドイツ・フランクフルトの空港で猪木がいなくなったことがある。アンマン行きの飛行機に乗る前だった。
「ちょっと買い物に行ってくる」
そう言って猪木はどこかに行ったが、全然戻って来ない。まだイミグレーションの手前だったので、猪木のチケットもパスポートも私が預かっていた。
空港内で迷子になっているのだろうか。それとも何かトラブルに巻き込まれたのだろうか。いずれにしても、このままだと飛行機に乗り遅れる可能性もある。
「猪木さん、どこへ行ってしまったんだろう…?」
私は不安を抱えながら、あたりを見回していた。
すると、猪木が税関の向こう側から手を振っている。
「係員がオレのことを知っているっていうから話をしていたら、そのまま通してくれたんだ(笑)」
その空港職員はアリと猪木が戦った試合を宇宙中継ならぬ、衛星中継で見ていたのだ。
海外で猪木と行動をともにしていると、似たような場面に何度も遭遇したものである。<#1、#2から続く>