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電車内でのマナー「飲酒やおしゃべりに気を付けましょう」スキー列車に若者殺到のブームも…日本人はいつからスキーに行かなくなった?
text by
鼠入昌史Masashi Soiri
photograph byMasashi Soiri
posted2022/02/02 17:01
上越国際スキー場前駅、1997年にスキーシーズンのみ営業する臨時駅として開業した
そのローカル線に乗って約15分。雪景色の中を走って上越国際スキー場前駅につく。巨大な駅ビルに覆われていたガーラ湯沢駅とはまるで違い、上越国際スキー場前駅は相対式のホームが雪の中にむき出しになっているシンプルな駅だ。
シンプルすぎるほどシンプルで、ホームの上には屋根もない。築堤上のホームから外に出るには階段を降りるのだが、その先に駅舎があるわけでもないし、自動改札機やSuicaをタッチするIC改札機も見当たらない。バスと兼用のプレハブの待合所が設けられているくらいだ。もう単なるローカル駅、秘境駅の部類に属するのではないかというくらいの、小さな駅であった。
それもそのはずで、上越国際スキー場前駅は1997年にスキーシーズンのみ営業する臨時駅として開業した。ガーラ湯沢駅と似たような立ち位置だが、じつは歴史はこちらのほうが浅い。2003年には常設駅に昇格して1年中列車が停まるようになったが、現実的には冬場がメインの駅なのだろう。
駅の周りを少し散策してみる。といっても、駅の北側はすぐにスキー場なので歩くほどのことはない。ガードをくぐって南側に向かうと、こちらには町があった。スキー客を当て込んでいるのであろう民宿やロッジ、日帰り客向けの休憩施設、土産物店。そういった施設が建ち並んでいる。
ガーラ湯沢駅のように大きな駅でなくとも、上越国際スキー場前駅も本質的には同じである。駅とスキー場が直結していて、列車でやってきたスキー客は降りてから数分とおかずにスキーを楽しめる。食事や宿泊、休憩といったもろもろも駅のすぐ近く。
スキーブームは“戦前”からスタートした
実は、上越線の沿線にはこうした駅前がすぐにスキー場、というところがたくさんある。川端康成のいうところの“国境の長いトンネル”を抜けて越後中里駅から越後湯沢駅を挟んで塩沢駅あたりまでは、ほとんどがそういう駅(とスキー場)だ。そして、ひと昔前にはこうしたスキー場駅に向かって東京から“スキー列車”が盛んに運転されていた。まだJRではなく国鉄だった時代、赤字にあえぐ国鉄にとって実にありがたい“ドル箱列車”だったこともあったのだ。ちょっとだけ、そんな歴史を振り返ってみよう。