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革命児・井上康生がイギリスで捨てた“チャンピオンの意識”…代表内定会見の涙には「なんて恥ずかしいことをしてしまったのかと」
text by
中村計Kei Nakamura
photograph byTomosuke Imai
posted2021/12/30 11:05
井上康生の実像に迫る短期連載。第7回は本人インタビュー(取材協力 公益財団法人講道館)
イギリス留学で「目線をスーッと下げられた」
――康生さんのようにエリート街道を歩いてきた柔道家が、よくそこまで気働きができたというか、もっと言えば、下働きができましたね。
井上 現役を引退したあとの海外留学とかが、すごく勉強になったのだと思います。
――それは海老沼(匡)さんが言っていました。なぜ、康生さんは日本柔道界を変えられたと思うかと聞いたら、しきりに「イギリス留学がよかったんじゃないですか」と。
井上 それはあると思います。自分の目線を下げることができましたので。留学をする前は、現役を引退したばかりで、どこかに自分はまだ「チャンピオンだ」という意識があったんです。けど、いざ、イギリスへ行ってみたら、ちょっとは柔道家としてやってきたことが役立ちましたけど、あれ、あんまり役に立たないな、と。世の中って、やっぱり、そういうものなんだなと思ったのです。
――具体的には、どのようなシーンでそう感じられたのですか。
井上 もう、何もわからないわけです。言葉も、宗教も、政治も。日本のことを質問されてもわからない。あとは、子どもを指導しているときも、日本であれば、いちおう一目置いていただける。井上康生が内股はこうかけようと言っているのだから、その通りやろう、と。でも海外だと「なんで投げる前に崩すの?」みたいな質問が飛んでくる。この人の言うこと聞かなきゃいけないの? みたいな雰囲気なんです。まあ、言葉の壁もあったのかもしれませんが、そりゃそうだなと思ったり。街で買い物一つするのでも、わーっと英語で言われて、オドオドしてしまうし。恥ずかしいな、と。