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大谷翔平の記者会見「質問レベルが低すぎ」論争で思い出す、引退の浅田真央に「トリプルアクセルに声をかけるなら?」の意外な結末 

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松原孝臣

松原孝臣Takaomi Matsubara

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photograph byHideki Sugiyama

posted2021/12/10 17:04

大谷翔平の記者会見「質問レベルが低すぎ」論争で思い出す、引退の浅田真央に「トリプルアクセルに声をかけるなら?」の意外な結末<Number Web> photograph by Hideki Sugiyama

2018年以来3年ぶりに開かれた大谷翔平の記者会見。その様子はTVやネットで生中継された

 ソープへの質問者は知人でもあったが、競泳を以前から熱心に見ていて数多くの取材をしている人だった。また質問のとき、ソープへ向ける表情もまた、決して軽んじているような類ではなく、むしろ敬意があったし、現場に通っていた人だから、ソープもその質問者を認識していたかもしれない。

 どのような質問をすれば、どういう答えを引き出せるか方程式はないし、質問の仕方に必ずしも正解はない。平凡だと思われる質問が考えや心境を引き出すこともあるし、考え抜いたであろう質問が意味をなさないこともある。また、質問者と選手であったりコーチなど相手との関係性もかかわってくる。長年取材している記者と、そうではない記者とでは、同じような趣旨の質問をしても、答え方がかわることもある。記者が間違った事実に基づいて尋ねても、選手が柔らかく訂正しながら答えることもあるのは、その記者と信頼関係が成り立っているからだろう。

アスリートの責任と、記者が持つべき敬意

 基本、質問する人は、自身の関心にのっとり、聞きたいことを質問する。いたずらに規制が求められるべきでもないと思う。むろん、あまりにもふさわしくない質問もあるのは事実だし、「ためにする」質問――例えば、相手の答え、考えを聞きたいというよりも質問者の姿を映像に収めるために聞いているであろうと想像できるようなものも、どうかと感じることがある。

 ただ、記者会見で感じるのは、多数の記者やテレビカメラを前に座り、どんな質問が出るのか分からない場に身を置き、質問の1つ1つに答える労力の大きさだ。しかるべき立場にある選手や指導者であれば、その場に座るのは「責任」なのかもしれない。でも、その労力を思えば、まずは敬意が先に立つ。

 その有無は、大きなものかもしれない。

記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。

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