すべての種目を泳ぎ終えたあとの記者会見を締めくくることになったのはこの質問だ。

「覚えた日本語を披露してください」

　その瞬間、記者の中から失笑がこぼれたり、「え？」という表情が浮かんだ。「そんなことをここで聞くの？」というトーンがあったように思う。

2001年の世界選手権で6個の金メダルを獲得したイアン・ソープ。その記者会見で最後に出た質問は「覚えた日本語を披露してください」だった　©Getty Images

　いずれの場合も、ややネガティブな反応があった質問だった。ただ、その後の結果としては、好質問であったと見ることもできる。

「なんでもっと簡単に跳ばせてくれないの？」

「うーん、難しい」

　と戸惑いとともに笑顔を浮かべた浅田はこう答えた。

「『なんでもっと簡単に跳ばせてくれないの？』って感じです」

　浅田の心情、トリプルアクセルという存在とそれとの格闘を伝えているようで、その答えは余韻を残した。

「トリプルアクセルに声をかけるとしたら、どんな言葉をかけたいですか」と問われて、「『なんでもっと簡単に跳ばせてくれなかったの？』って感じです」と答えた　©Shigeki yamamoto

　ソープの場合はどうだったか。

　質問のあと、一生懸命に考えながら、単語を並べていった。途中から楽しくなってきたようなのりも見せた。ソープが答え終わると拍手が沸き起こり、会見は終わった。ソープの人柄をも感じられる場面だった。

　脈絡のないこの2つの記者会見に、共通項はあるだろうか。

記者と選手の間に「信頼関係」があってこそ

　浅田を指導していた佐藤信夫氏が、浅田にとってのトリプルアクセルについて「大切な人みたいなものだから」といった表現をしていたことがある。佐藤氏はトリプルアクセルにこだわる浅田に、ときには距離をとるようアドバイスをおくっていたが、それでもこだわりを持つことをそう表したのだ。浅田やその周囲の人々の現場の空気感を知っていれば、その擬人化は必ずしも的外れではない。質問者あるいはそのまわりに、現場を知る人、つまりは取材を重ねていた人がいて生まれた質問であったかもしれない。

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