ワインとシエスタとフットボールとBACK NUMBER
引退表明した愛弟子・阿部勇樹にオシムが伝える監督業の心得「阿部はひとつの模範だった」「ノーマルな状態を保ち続けて欲しい」
text by
田村修一Shuichi Tamura
photograph byJ.LEAGUE
posted2021/11/27 06:00
2005年の阿部とオシム。オシムとの出会いによって“ポリバレント”に目覚めた阿部は、この年からのナビスコ杯2連覇に貢献した
彼は以前から引退後のことを考えていた。しばらく前に私はサラエボで彼と話したが、そのときすでに監督になる準備を始めている印象を持った。選手であったことは忘れて監督の仕事に専念すべきだ。選手時代の業績はいったん棚に上げてポジティブに取り組む。
サッカーは取り換えのきく仕事ではない。明日に何が起こるかは誰にもわからない。得点できるかもしれないし、できないかもしれない。試合に勝つかもしれないし、負けるかもしれない。それぞれの場合に、どう行動すればいいのか。あらゆる状況に対処できるように準備しなければならない。勝つときもまた負けが込むときも、メディアとの関係を保たねばならないし、サポーターとも良好でいなければならない。そうでなければやっていけない。あらゆる相手にポリバレントに対応する。メディアやサポーター、選手……。常に適切に行動する必要がある。
チャンスは誰にでもあり、誰もがその機会を得たいと願い自らを主張する。選手は自分の存在をアピールする。彼らはひとりひとりが自分はメッシだと思っている。そうした選手たちの突き上げとメディアの批判。いずれにせよ批判には慣れるしかない。監督という仕事を選ぶ以上、難しい人生を送ることになるのだから。
新聞やテレビで批判されるだけでない。コレクトではない相手に対しても、コレクトな態度を維持して臨まねばならない。難しい状況に陥らないためにも、受け入れなければならないことはたくさんある。阿部にはノーマルな状態を保ち続けて欲しい。
阿部が示したのは謙虚さだった
私が日本に行ったとき、彼は自分から私に話しかけてきた最初の選手だった。他にも多くの選手がいて、その気質や能力は事前に伝えられたが、私にとってはある選手たちのそれはネガティブなものだった。彼にはそうしたネガティブな面はほとんどなかった。練習でも試合でも常に素晴らしかった。
彼のようにプロとしての模範となる選手が現役を退くのは、日本サッカーの大きな損失だ。彼はたくさんのことを示した。それはサッカーにおける規律でありプロフェッショナリズムなどだった。批判も潔く受け止め、ポジティブなことだけでなくネガティブなことも甘んじて受け入れた。どちらにも動揺することなく、トップ選手であり続けるのは簡単なことではない。偉大な選手は相応しい環境のなかでは偉大であり続けることはできるが、阿部が示したのは謙虚さだった。望ましくない状況においても謙虚でいる。多くの選手が自分はメッシだと思い込んでいる今日の状況で、彼は極めてノーマルだった」